見えない障害である「発達障害」。ただその日常は、決して辛いことだけではないことを知ろう

マンガ

公開日:2021/1/5

僕の妻は発達障害
『僕の妻は発達障害』(ナナトエリ、亀山聡/新潮社)

 夫婦には、色々な形があって良いはずだ。時々「誰もが理想とする夫婦の形」なんてフレーズを耳にするが、いつも「誰にとっての理想なのか」と疑問に思う。1つ屋根の下に住む者同士が「これでいいのだ」と、折り合いがつけられて幸せであれば、それでいいのではないだろうか。

 そして今回、『僕の妻は発達障害』(ナナトエリ、亀山聡/新潮社)を読んだことで、その思いはより強くなった。本作のテーマは「発達障害」。でも決して「生きにくさ」だけが描かれているわけではない。発達障害と折り合いをつける中で生まれる「夫婦としての幸せ」も描かれており、まさに「これでいいのだ」という言葉が合う。読み進めるほど温かい気持ちになれる漫画だ。

■発達障害の妻が抱える「生きにくさ」

 物語のベースとなるのは、主人公の夫・北山悟と妻・知花の日常だ。

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 ただ「日常」と言っても、ほのぼの系漫画のような平和なことばかりではない。上述したように、本作のテーマは「発達障害」。知花は「発達障害」と診断されており、彼らの日常にはそれによって様々な問題が起こる。

 時には努力ではどうにもできず、生きにくさや苦悩を受け入れなければいけないケースもある。第4話「仕事の話」と第5話「家事の話」の内容は、まさにその象徴だ。

 知花は発達障害と診断されて以来、販売の仕事から遠ざかっていた。しかし、ある日彼女は派遣ではあるものの仕事復帰を果たす。

 滑り出しは好調だった。初日からしっかり働けたことが嬉しく、悟の前で喜びを爆発させる知花。悟も知花が心配で、その日仕事が手につかなかったが安堵の表情を見せる。

 しかし、知花の満足度とは裏腹に、彼女の仕事は他の販売員へのストレスとなっていた。

 その要因は知花の接客方法にあった。知花は2つのことを同時に行なったり、その場の雰囲気や空気を察知したりすることが苦手。そのため、接客と片づけを同時進行させられず、加えて周りが引くほど大きな声で話してしまうのだ。

「接客は任せられない」と判断され、共有倉庫の整理に回される知花。ただ彼女は、ここでも失敗を重ねてしまう。しまいには知花へのイライラが収まらず煙草を吸いに行こうとする店長に向かって「店長ばかり一服するのは良くない、他の店員も行きたがっている」と注意してしまうのだ……。

 知花が再就職してから4日目、頑張る知花を一目見ようと悟はお店を訪れる。しかし、彼が目にしたのは、お店の近くでうなだれて涙を流す知花の姿。そして悟は、知花からお店をクビになったことを告げられる……。

 その後、悟のために家事に専念する知花。ただその気合は異常なほどだった。悟が手伝おうとしても「1人でできる」と、言い張りやらせようとしない。悟もメンタルクリニックの先生からヒントをもらい知花に歩み寄ろうとする。しかしどんなことをしても知花を怒らせてしまう。「なぜ家事を分担させてくれないのか」と聞く悟。彼も知花の仕事の件で気もそぞろなのだ。すると知花はこう告げる。

“仕事できなくて、家事もできなかったら、私なんの価値もない”

 価値。これが知花を生きにくくさせている大きな要因なのだろう。再就職は失敗。それに加えて家事すらも1人でできなかったら、自分の価値はなくなってしまうのではないか……。知花はこれ以上何かを失い苦しむのを恐れているのだ。作中では、他にも彼女の様々な生きにくさや苦悩が描かれるが、そのすべてがここに集約されている気がする。

■「知花は変。でも僕も大したことないからお互い様」という悟

 先に述べたように、本作は知花が、生きにくさや苦悩と向き合う日々が描かれるとともに、発達障害と向き合う夫婦としての幸せも、随所に描かれている。

 なぜ幸せを感じられたのか。それは物語を通して滲み出る悟の”優しさ”と“抱える苦悩”にあると僕は思っている。

 実は悟も、知花と同じように生きにくさや苦悩を抱えている。彼の場合は仕事に関することだ。もう10年以上漫画に携わっているが、未だに自分の漫画を出せていない。賞レースにも落ち続けており、アシスタント生活から抜け出せないでいる。

 まさに人生の行き詰まり。ただそんな経験を持つ彼だからこそ、知花の生きにくさや苦悩が汲み取れるし、一緒に向き合い寄り添えるのだ。

 ちなみに悟は作中で、知花にこのような思いをはきだす。

“(知花は)確かに変だ!でも僕は変でいいと思う。僕だって大した人間じゃない、お互い様なんだ”

 お互い様。「発達障害」がテーマでありながら、本作が温かく感じるのは、悟に宿るこの気持ちのおかげだろう。

 悟と知花の温かく幸せな時間が続くことを願いつつ、今後も見守っていきたい。

文=トヤカン