がんばれ赤血球! BLACKな職場(体内)でサバイバルする意味と意義を求めて――TVアニメ『はたらく細胞BLACK』を考察する①

アニメ

公開日:2021/1/10

はたらく細胞BLACK
TVアニメ『はたらく細胞BLACK』 TOKYO MXほかにて毎週土曜24時より放送中
(C)原田重光・初嘉屋一生・清水茜/講談社・CODE BLACK PROJECT

はたらく細胞BLACK

はたらく細胞BLACK

新米赤血球たちが挑む、ブラック体内

 すさみ、荒れ果て、トゲトゲしている同僚。怒号が飛び交い、常に追い立てられる職場。感情を殺し、固まった笑顔を浮かべて、黙々と与えられた仕事をこなす先輩。不法投棄が行われ、即死のガスが吹き出し、何やら命を奪う恐ろしい敵まで現れる。こんな職場イヤだ! この世界は”BLACK”だ!

 というわけで、体内で休むことなく働いている細胞たちの擬人化ドラマを描く人気作。その細胞たちの過酷な一面を描く『はたらく細胞BLACK』のアニメ版が始まった。

 第1話は、新入りの赤血球(AA2153)の過酷な労働事情を描いている。新米赤血球として現場に入った彼は、いきなりほかの新米赤血球たちといっしょに、レトロな会社紹介映像(画面比率が4:3!古い!)を見せられる。人事部風のスーツを着た男が「働き方改革で時間外労働を極力減らす」的なことを言って、新米赤血球たちを和ませる……。

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 だが、もちろん実際にはそんな平和な労働は待っちゃいない。新米赤血球たちが投入されたのは、厳しいノルマに追い立てられ、余裕がなくギスギスとした職場(体内)。「え? 働き方改革は……」と問えば「ここにあるのは果てしない労働だけだ」という返答のみ。

 ブラック職場の条件とは「長時間労働・過重労働」「休みがない、休みが取れない」「労働環境が劣悪」ということ。彼らが働く通路(血管)は不法投棄されたコレステロール(脂質)があふれており、その奥には一酸化炭素のガスが噴き出す危険地帯が広がっている。なんとガスの向こう側には、赤血球を襲う凶悪な肺炎球菌までうろついているのだ。

 もはやブラックを通り越してレッドゾーン。命からがらに逃げる赤血球たち。彼らは一生かけてこの道を走り続けることになる。これは終わりの始まりの物語だったのだ。

はたらく細胞BLACK

はたらく細胞BLACK

わが身に染みた、赤血球のブラックライフ

 この「ブラックな職場」はどうして生まれてしまったのか――それはこの身体の持ち主が「タバコを吸った」ことが要因のひとつとされている。

 ただでさえ不眠と過労がたまり、衰えていた肉体が10数年ぶりにタバコを吸ったことで、一酸化炭素が血管に流入し、ニコチンによって脳内が覚醒。混乱状態になったことが、この現場(体内)の異常な状態を招いたのである。『はたらく細胞BLACK』では、わかりやすくその肉体的な変化を描いている。

 タバコを一服することが、これほどまでに体内に影響を及ぼしていたのか。体内視点、細胞視点からタバコの影響力を描く斬新な視点が面白い。だが、面白いだけでなく、ちょっとせつない気持ちになってしまったのは、僕が元喫煙者だからだろうか。

 僕は約25年前にタバコを吸っていた。

 一日にひと箱からふた箱。ちょっとした時間ができれば、タバコを口にくわえる程度のスモーカーだった。たぶん、ヘビースモーカーというほどではなかったと思う。

 そのころ僕は今と同じようにライターと編集の仕事をしていたが、タバコを吸う人は周囲に珍しくはなかった。当時は会社に喫煙室もなく、それぞれのデスクに小さな灰皿を置き、まわりを気にすることなく、ぷかぷかと自分のデスクでタバコを吸っていた。屋外に出れば、路上でタバコを吸うのは当たり前。通勤時には電車を降りたらすぐにタバコに火を点け、駅のホームで歩きながらタバコを吸うこともごく自然な行動だった。

 そもそも僕がタバコを吸い始めたのは、同業の先輩の真似をしたことがきっかけだった。

 ある日、「お前、よくまあタバコも吸わずに原稿を書けるな」と言われて、そういうものか、と思ったのだ。タバコを咥えながら一心不乱にパソコンを叩く先輩の姿はカッコよかったし、タバコの煙のにおいがついたゲラや原稿は貫禄があるように感じた。仕事の合間に喫煙者の先輩たちとタバコを吸いながら無駄話をするのも楽しかった。タバコを吸っている人たちは、どことなくクールで大人の雰囲気が感じられた。

 たとえば、60年代末を描いたクエンティン・タランティーノ監督の映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』では、ブラッド・ピット演じるスタントマンのクリフ・ブースが、幻覚剤漬けのタバコを吸うシーンがある。当時の映画業界では、撮影中にタバコを吸うことなんて当たり前。タフな男を象徴するアイテムだった。

 また、80年代を舞台にした映画『ジョーカー』では、ジョーカーに扮した青年アーサー・フレックが人を殺害したあとに、タバコを吸う。実に美味しそうにアメリカン・スピリットを吸うアーサー役のホアキン・フェニックスの芝居は実にインパクト満点。きっと、タバコを吸うことで彼は自分の犯した行動を反芻していたのだろう。

 映画の中で、タバコを吸うのは男性(俳優)だけじゃない。たとえば映画『グロリア』のジーナ・ローランズ、映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』のウィノナ・ライダー。タバコを吸っている彼女たちもまた、どこかスリリングで危険なにおいを漂わせる魅力にあふれていた。

 ちょっと背伸びするような気持ちと、手軽な気分転換として。当時、僕はタバコを吸っていた。

はたらく細胞BLACK

はたらく細胞BLACK

生活改善しないかぎり、赤血球の試練はこれからも続く

 多くの方がご存じのとおり、90年代末ぐらいからタバコの有害性が大きく問題視されるようになった。 80年代の日本人男性の喫煙率は50%を超えていたが、2010年代には30%代にまで激減していったという。 僕もまたその世の中の流れに流されるように、タバコを吸わなくなった。

 いまでは喫煙者の肩身は狭く、都心ではタバコを吸える場所を見つけるだけでもひと苦労だ。喫煙者がカッコよかった時代は、昔のことになってしまったようだ。

 もし僕がいま、久しぶりにタバコを吸ったら、体内では第1話の赤血球のようなブラックな職場(体内)が生まれるのだろう。コレステロールが溜まった血管に、一酸化炭素が送り込まれ、赤血球たちが何人も動けなくなってしまうのだろう……それはちょっと怖い。

 でも、そこでつい思ってしまうのだ。

 申し訳ないけど、赤血球(AA2153)たちよ、もうちょっと頑張ってくれないか。赤血球たちよ、白血球(1196)たちよ、いかついキラーT細胞さんたち、かわいい血小板のみなさん。申し訳ないけれど、もうちょっとだけこの”BLACK”な体内で、戦ってくれないだろうか。

 タバコが体内に”BLACK”な環境を作っているかもしれないのはよくわかった。だけど、昨今の喫煙者排除の時流の中で、タバコが作り上げてきた文化のようなものが見失われるのは、ちょっともったいない気がするのだ。非喫煙者の嫌煙権は認めつつも、喫煙者の居場所がもう少しだけ広がると、きっと世界はより豊かに、楽しくなるような気がする。なお、第2話のタイトルは「肝臓、アルコール、誇り。」らしい。まずまず親しみのありそうな題材にドキドキしてしまう。

 体中の細胞に酸素を送り続ける新米赤血球。彼らが活躍しなければ、全てが終わってしまう。どんな”BLACK”な身体であっても、彼らの活躍を応援せずにはいられない。がんばれ、赤血球たち。細胞のあちこちから怒鳴られ、叱られても、彼らの頑張りが身体を生かしているのだ。これからどんな”BLACK”が立ちはだかるのだろうか。がんばれ赤血球!!! 負けるな赤血球!!! そう願いながら、今日も体の持ち主である僕らは”BLACK”な生活をおくるのだ(ダメじゃん!)。

文=志田英邦