全米図書賞受賞、柳美里の『JR上野駅公園口』――居場所のないすべての人たちへ贈る、ある男の魂の物語

文芸・カルチャー

更新日:2021/1/12

JR上野駅公園口
『JR上野駅公園口』(柳美里/河出書房新社)

 ちょっとした運命のいたずらが、人から帰る場所を失わせるのかもしれない。ただ真面目に生きてきただけなのに、いつの間にか居場所を失ってしまったという人は、きっと少なくはないだろう。

 芥川賞作家・柳美里氏の『JR上野駅公園口』(河出書房新社)は、福島県相馬生まれのとあるホームレスの男を描いた物語。累計発行部数30万部突破。英訳版『Tokyo Ueno Station』(モーガン・ジャイルズ:訳)が、アメリカで最も権威のある文学賞である全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞し、全世界から注目を集めている話題の作品だ。家族のために身を粉にして働き続けてきた男は、どうして上野恩賜公園のホームレスとなったのか。悲しみに満ちた人生はあまりにも衝撃的。見過ごされたに違いない男の人生をこの物語は、ただ淡々とつむぎ出していく。

 主人公の男は、現・上皇と同じ年の生まれ。大正天皇の皇后・貞明皇后と同じ名の妻を持ち、今上天皇と同じ日に生まれた息子の名には、浩宮の「浩」の字を入れた。天皇家と何かと縁がある男だが、その人生は対照的。この男の人生は、あまりにも虚しく、切ないのだ。家族を養うために、出稼ぎにきた上野。1964年、東京オリンピックのための競技場の建設現場で働き続けた日々。だが、家族のために懸命に働いてきたというのに、息子はわずか21歳の若さでこの世を去る。そして、悲しい運命が立て続けに、男に襲いかかるのだ。

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「おめえはつくづく運がねぇどなあ」

 これは、息子が亡くなった時、男が実の母親から言われた台詞だ。物語が進むにつれて、この言葉が何度も思い出される。「運がない」と表現され続ける男にあたたかく接する人もいる。だが、死と直面した男は、与えられた優しささえも、拒絶してしまう。予告もなく眠ったまま死んでしまった人のことを思えば、いつ終わるかわからない人生を生き、誰かに迷惑をかけてしまうということが、たまらなく恐ろしかったのかもしれない。

 人生にだけは慣れることができなかった、人生の苦しみにも、悲しみにも、喜びにも。

 クライマックスの天皇の行幸啓の場面は象徴的だ。皇室関係者が上野を訪れる直前、警察はホームレスを全員強制的に退去させる「山狩り」という行事を行う。ホームレスが追いやられた場所を、天皇は笑顔で手を振りながら通り過ぎていくのだ。天皇と男の運命を分けるものは何だろう。紙一重ほどのわずかな差が、こんなにも人生の明暗を分けてしまうものなのかもしれない。

 相馬弁でのやりとりの場面もあるが、この作品は一体どうやって翻訳されたのだろう。読めば読むほど、英訳版の内容も気になってくる。そして、海外の人たちはこの本を読み、一体、何を思うのだろうか。この世界に「居場所がない」と絶望を感じている人にこそ、この物語は衝撃を与えるのではないか。孤独と絶望の淵に立つ男の人生は、きっとあなたの心にも鋭く突き刺さるに違いない。

文=アサトーミナミ