家で一人が幸せの真実。「おひとりさま」第一人者に学ぶ、死生観と家族問題

暮らし

公開日:2021/1/20

在宅ひとり死のススメ
『在宅ひとり死のススメ』(上野千鶴子/文藝春秋)

 コロナ禍が長引くにつれ、胸に広がる漠然とした不安――。このご時世だ。離れて住む高齢の家族だけでなく、一人で生きることから死ぬことにまで考えを巡らせる人は多いのではないか。

 老いることが悪のように感じられ、「孤独死」のニュースはやたらと恐怖を掻き立てる。そんな暗澹たる雰囲気を晴らしてくれるのが、『在宅ひとり死のススメ』(文藝春秋)。著者は、2007年にエッセイ『おひとりさまの老後』を出版して、日本に「おひとりさま」という言葉を浸透させた社会学者で東大名誉教授の上野千鶴子氏だ。

「おひとりさま」と茶目っ気があって堂々と響くフレーズで、「独り身」の侘しいイメージをガラリと変えたように、ネガティブな想像をさせる「孤独死」とは反対に、自立した強さを感じさせる「在宅ひとり死」というフレーズが印象的な新著だ。

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 同書は、上野氏の痛快な語り口が響くエッセイのような読みやすさがありながら、専門家ならではの論理とデータでわかりやすい解説が添えられ、現場の声をこまやかに拾い上げた取材でリアルな現実がまざまざと伝えられている。

独居のほうが幸せ!? 「年老いた親を一人にしておけない」は正しいことか?

 高齢大国日本では、2000年に世界で最も手厚いとされる介護保険が導入されて以来、今や高齢者のみの世帯が全体の5割を超える。一昔前までは、年老いた親の面倒は子ども(や嫁)が“みる”のが当たり前だったが、介護保険制度を使って誰もが介護のプロの助けを得られる世の中になった。その結果、世代間の世帯分離は進み、別々に暮らすことが一般的に。実際に、その方が親にとっても子にとっても幸せと学んだことが大きいという。

 データだけでなくさまざまな参考図書をあげる上野氏。大阪府の耳鼻咽喉科医である辻川覚志氏が60歳以上の高齢者500名近くに調査した結果によると、「独居高齢者の生活満足度のほうが同居高齢者より高い」ことがわかっている。調査方法やデータは、本書や参考図書で詳らかになっているが、つまりは世の一人暮らしのお年寄りは、世間が心配するよりも逞しくてご機嫌な人が多いということがわかる。

「年老いた親を一人にしておけない」と同居しても、現実には互いにストレスが多く、より孤独を感じる結果にもなり得る。それなら最初から一人で気兼ねなく、好きに暮らす方がいい。そのため上野氏は、メディアなどが「高齢者の独居」そのものを社会問題のように扱う風潮に警鐘を鳴らす。同居家族による虐待やネグレクトもあるのだ。「独居と孤立は違う」と問題のすり替えに声をあげる。

施設も同居も家族側の都合? 目指すべきは認知症になってよい社会

「孤独死」という言葉が持つ悪いイメージも、死後かなりの時間が経って発見される事例がセンセーショナルに伝えられたことによるが、その人たちは生きている時から孤立していたことが問題なのだ。だから、「孤独死防止キャンペーン」は「孤独生防止キャンペーン」になるべきであると指摘する。

 そもそも死が近づいて不便や不自由があろうと、人としての尊厳は不可侵なもの。上野氏の言うように、「生きることに遠慮はいらない」のだ。世に伝えられたマイナスイメージから、先走って同居を決めたり、施設に入れたりする前に、年老いても一人になっても、その人が好きなように生きて、死ぬ尊厳をまず考えたい。本人ではなく自分のためで、他人の目を気にしての決断ではないのか。たとえ認知症になったとしても、当人が何を感じて、どうしたいのかに耳を傾けるべきなのだと気づかされる。

 同書には離れた家族を思って実践したいことや大切な気づきも多い。例えば、伝えたい感謝の言葉などは死に際ではなく、普段から何度でも伝えればいいということ。それに、“PPK”ことピンピンコロリについて。ピンピンに元気でコロッと死にたいという高齢者は少なくないが、これはいわば突然死。不審な点がないか警察を呼ばなければならない場合もあり、送る側には辛いことが多いという。とはいえ、加齢に伴う死の場合の多くはフレイル期を経て、医師や介護職のほぼ予測のとおりに時間をかけて死にゆくのだそう。そんな時は、119番ではなく訪問看護ステーションに連絡するということも初めて知った。穏やかな死には警察も救急車も病院もいらないのだ。

 タイトルにある、在宅ひとり死をススメる理由は、同書を読むことで客観的にも主観的にもわかるだろう。生きることと死ぬことはひと繋がり。同書にもあるように、安楽死論争や改悪する介護保険など問題は尽きないが、生きている私たちが解決していかなければならない。自分や家族のためにも、本書を通じて意識を高めて、生きやすく誰もが心安らかに死ぬことができる社会にしていきたい。

文=松山ようこ