のんが挿画を担当! 不思議な能力を持った少女が、アイドルを目指す。しかし、待ち受けていたのは凄惨なラストだった

文芸・カルチャー

更新日:2021/1/14

キャッシー
『キャッシー』(中森明夫/文藝春秋)

 怪作、あるいは問題作。一読してそう感じた。小説『キャッシー』(中森明夫/文藝春秋)の話だ。本作を読めば、誰もが度肝を抜かれるのではないだろうか。

 著者である中森明夫さんはアイドル評論家として知られる人物。これまでにアイドルに関する著書を何冊も手掛けており、一方で小説家としての顔も持つ人気の書き手だ。

 そんな中森さんによる『キャッシー』は、不思議な能力を持つひとりの少女の希望と絶望が入り交じる、驚愕の復讐譚である。

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 物語の主人公を務めるのは木屋橋莉奈(きやはし・りな)。タイトルにもある「キャッシー」とは、彼女のあだ名だ。

 キャッシーは物心つく頃にはすでにいじめられていた。理由はわからない。取り立てて変なところがあるわけでもなく、むしろごく平凡な少女なのに、なぜか周囲の子たちはキャッシーを毛嫌いする。机には「バカキャッシー」と落書きされ、教科書やノートはゴミ箱に捨てられる。ただし、つらい日々のなかでキャッシーは心の支えとなるものを見つける。それがテレビの向こう側にいるアイドルたちだった。

 画面のなかでふわふわ踊り、まばゆい笑顔を見せる。キャッシーはそれに魅せられたのだ。アイドルのことを考えているときだけは、現実を忘れられる。息苦しさから逃れ、透明人間であることをやめられる。キャッシーはどんどんアイドルにハマっていく。

 一方で、キャッシーの身に少しずつ異変が起きていく。自分でもコントロールできない、謎の力に目覚めてしまうのだ。そして、この力によって、キャッシーは哀しく残酷な運命を歩んでいくことになる……。

 物語の主軸となるのは、キャッシー自身がアイドルとして上り詰めていくさまだ。そこはアイドル評論家である中森さんの手腕が光り、実在するアイドルを想起させながらも現実世界で起きたさまざまなアイドルスキャンダルを絡め、とてもリアルに描かれていく。つらい現実を乗り越えるパワーを与えてくれたアイドルに、自分自身がなる。それはキャッシーにとって、なにものにも代え難い幸福な瞬間だったはずだ。ジャンルでいえば、本作は「アイドル小説」にくくられるだろう。それから「ひとりの少女がアイドルとして成長していく、サクセスストーリー」を想像する人もいるかもしれない。確かにそういう側面もある。けれど、本作はそこにホラーテイストをミックスさせる。

 最終章でキャッシーの人生は急転直下する。そして絶望の淵に追いやられた彼女は謎の力を暴走させ、最悪の事態を引き起こす。そのシーンはまさにスプラッター映画さながら。キャッシーに関わった少女たちは圧倒的な力によって吹き飛ばされ、壁に激突し、破裂し、血を流して息絶えていく。そのシーンは、ヒントになってしまうかもしれないが、洋画『キャリー』を彷彿とさせる。あまりにも凄惨で、思わず目を背けたくなるほどだ。

 アイドルの子たちを次々に死に追いやる描写は、読んでいて息を呑む。まるで人形のように簡単に壊れてしまう彼女たち。執拗にそのシーンを描ききった中森さんに対し恐怖すら覚えるし、また、ある種の覚悟を持って作品と向き合ったことも伝わってくる。

 事実、中森さんはツイッターで次のように述べている。

“私が死んだら、この本を棺桶に入れてもらいます”
“『キャッシー』は構想から7年、執筆に4年もかかりました。めちゃくちゃ苦しかった”

 そうまでして表現したいことがあったのだろう。やはり本作は怪作であり、問題作だ。

 同時に、キャッシーの人生を思うと、哀しさも覚える。どうして彼女がこんな目に遭わなければいけなかったのか。呪われた運命を少女ひとりに背負わせるなんて、あまりにも残酷ではないか。

 本作の表紙には、ひとりの少女の後ろ姿が描かれている。この装画を担当したのは〈のん〉さん。芸能界を力強く生き抜く〈のん〉さんによるイラストには、目が奪われるような迫力が込められており、それもまた本作の怪作ぶりを演出している。

 一体、キャッシーはどんな人生を歩んだのか。それはぜひ本作を読み、確かめてもらいたい。哀しさと無情さと恐ろしさ。読後にはあらゆる感情がないまぜになり、しばし呆然とするかもしれない。

文=五十嵐 大