こんな女主人公見たことない! 読者の先入観を爽快に裏切る作中トリックにも注目

文芸・カルチャー

公開日:2021/1/20

ババヤガの夜
『ババヤガの夜』(王谷晶/河出書房新社)

 王谷晶という作家がいかに多彩な物語を見せてくれるかは、すでに短編集『完璧じゃない、あたしたち』(ポプラ社)でこれでもか!というほど思い知らされていた。同短編集では、さまざまな世界でがむしゃらに生きる「女×女」の物語を、時にSFあり戯曲あり幻想奇譚ありの多種多様な視点から描き切り、読者に大きな衝撃を与えた。王谷作品を読んでいると、登場人物たちの行動や心理にいたく共感しつつ、「あ、私もそうだったんだ」と、自分でも気付かなかった内面があぶり出される。そして、「こういう生き方もいいな」と前向きな気持ちになるのだ。

 そんな王谷晶の新作長編『ババヤガの夜』(王谷晶/河出書房新社)もまた、登場人物たちの魅力にぐいぐい引き込まれ、読み手の内側に潜む闘志がたぎるようなアツい作品だ。

 物語の主要な舞台は、〈関東最大規模の暴力団〉の直参である〈内樹會〉会長の屋敷。匕首(あいくち)だの刺股(さすまた)だのが登場し、飛び交うべらんめえ調もどこか古めかしく、残虐極まりない拷問を好む変態ヤクザが出てきて雑魚どものアレやソレがぽんぽん切られちゃうところなど、どことなく北野武監督映画『アウトレイジ』を彷彿とさせる。もっとも、『アウトレイジ』は登場人物全員が男なのに対し、血と暴力の生臭さはそのままに、本作の主人公2人は、どちらも女だ。

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 1人の名は新道依子。この新道が歌舞伎町でヤクザ相手にひと暴れしたことを理由に、内樹の屋敷に無理やり連れてこられる場面から物語は始まる。新道は身長170センチをゆうに超える恵まれた体格で、何よりも、生まれつき暴力をこよなく愛していた。ヤクザが何人かかってきても、天性の格闘センスでボコボコにぶちのめすほどの力を持つ。血が全身を駆け巡るような暴力を求めて東京に出てきた新道は、連れられてきた内樹の屋敷で、ある仕事をするよう命じられる。それは、内樹の一人娘のボディガード兼送迎係だった。その娘こそが、もう1人の主人公、内樹尚子である。

 血気盛んな新道とは正反対に、華奢で色白く、人形のような冷たさを感じさせる尚子。流行遅れの地味な服装に身を包み、お嬢様短大に通いながら、〈女というのは結婚する前にそういうものを身に付けておかないといけないの〉と言って、休日もなくお稽古事でびっしり予定を埋める。

 初めこそおよそ相容れない新道と尚子だったが、次第に心の深い部分で共鳴し合い、信頼関係を結んでいく。しかし、すでに2人は恐ろしい運命に絡めとられていた。

 2人の女性キャラクターと並ぶ本作のもう一つの大きな魅力が、物語全体に仕掛けられた大きなトリックだ。新道と依子の物語と並行して、合間にとある人物たちの物語が挿し挟まれる。どうやら逃亡生活を送っているらしいこの人物たちは一体何者なのか? 新道や内樹會とどのような関わりがあるのか? バイオレンスと共に、ミステリー要素も加えながら、物語は衝撃的な結末へと一気に加速していく。

 タイトルにある「ババヤガ」とは、スラヴ民謡に登場する妖婆「バーバ・ヤーガ」が由来。新道と依子、2人の物語を読み終えた後、「ババヤガ」という言葉に、鮮烈なイメージを抱くはずだ。

文=林亮子