なぜ女性声優は男性のキャラクターを演じるのか? 声優とアニメの変遷を追う

アニメ

公開日:2021/2/10

アニメと声優のメディア史
『アニメと声優のメディア史』(石田美紀/青弓社)

 この間、インターネットで生配信番組を見ていると、あるアニメに出演する女性声優が「私が男性役を演じるようになるとは思っていなかった」と言った。

 女性声優がアニメで男性のキャラクターを演じる。多くの人がそれに違和感を抱かないのは、今やそれが当たり前のことになっているからだ。彼女のその言葉で、あらためてそれに気づかされた。

 視聴者が声優の声と身体をどのように理解してきたのかについて考察したのが『アニメと声優のメディア史』(石田美紀/青弓社)だ。同時に女性声優が男性キャラクターを演じるようになった経緯や、アニメのキャラクターに「萌え」という言葉が使われたのはいつ頃からなのかも知ることができる。

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 声優とメディアの歴史はアニメに限った話ではない。戦後の民主化に伴う連続放送劇、子どもの声の需要と相反して子役起用が難しくなっていく様子、声“だけ”の演技から映像に合わせた演技への変化……。ちなみに、アニメ雑誌により声優がスター化したのは1970年代からだそうだ。

 1990年代以降の女性声優を語るうえでは声優・緒方恵美さんの存在が欠かせないものになってくる。90年代前半、新人声優だった緒方さんはオーディションで『幽☆遊☆白書』の人気キャラ・蔵馬役に選ばれ、これが当たり役となってブレイクした。それに対しての著者の考察が興味深い。

“緒方が蔵馬を演じるまでは、野沢雅子が『ドラゴンボール』で主人公・悟空の少年期から青年期までを演じたことを除けば、女性声優が男子高校生以上の役を演じることはなかったという。それに加えて、蔵馬は熱血少年である悟空とも異なっていた。このキャラクターは数百年間生きてきた妖狐が人間に転生した存在である。”

“つまるところ、蔵馬は神秘的ではかなく、官能的でさえあった。”

 子どもの頃、アニメで『幽☆遊☆白書』を知りのめりこんだ私にとっては、蔵馬を担当した声優の性別は考えたことがなく、ただ「蔵馬=あの(緒方さんの)声」というイメージがあった。緒方さんはそれほど蔵馬の「神秘」や「官能」を表現しきっていたのだ。

 女性声優の「演技領域」は1990年代を境にどんどんと広がっていく。『少女革命ウテナ』で性別というくくりから脱したとも言える主人公・ウテナを演じたのも女性声優である。

 現在、格好良い声のことをイケメンボイス、略して「イケボ」と呼ぶアニメファンが多いが、本書ではこれは男性声優のみならず女性声優に対しても使われている言葉であると指摘する。

 男性、もしくはセクシュアリティの枠を越えた人物を演じる女性声優は、今後もメディアの新たな可能性を切り開いていく存在であると言えるだろう。

文=若林理央