富士山は「燃える恋心」の比喩?『百人一首』の味わいを深める解剖図鑑で知る、歌に込められた想いとは

文芸・カルチャー

公開日:2021/1/30

百人一首 解剖図鑑
『百人一首 解剖図鑑』(谷 知子/エクスナレッジ)

 お正月に『百人一首』のかるたで遊ぶ機会も、めっきり少なくなったと思う。また、子供の頃に学校の授業で和歌の内容を少し教わったきりという人もいれば、競技かるたを題材にした漫画『ちはやふる』(末次由紀)により書かれている和歌の意味を知ったという人もいることだろう。この『百人一首 解剖図鑑』(谷 知子/エクスナレッジ)は、イラストを交えて百首それぞれの歌に込められた想いと、100人が生きた飛鳥・奈良・平安・鎌倉時代の歴史と暮らしを学べる一冊となっている。

 百人一首の代名詞ともなった『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家(ふじわらのていか)が息子の義父にあたる蓮生(れんしょう)からの依頼を受けて、嵯峨中院山荘の障子(襖)を装飾する色紙形の和歌を執筆したことに始まる。実は定家には百人一首とは別に『百人秀歌』という秀歌撰があって、そちらは97首が一致するものの、後鳥羽院(ごとばいん)と順徳院(じゅんとくいん)の歌が欠けているという。『百人一首』の一番(巻頭)に大化の改新を成し遂げた天智(てんじ)天皇の歌を配置し、百番(巻末)が承久の乱に敗れた順徳院の歌で結ばれているのは、なにやら意味深である。

和歌の理解をグッと深める4つの表現方法

 百人一首の和歌は「五・七・五・七・七」の形の他にも、いくつかの約束事がある。特に重要なのが、次の4つの表現方法だ。

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・「枕詞(まくらことば)」
 みんなが使う定型で、5音からなり、特定の言葉を修飾する。たとえば、「しろたへの」は「衣(ころも)」の枕詞で、歌の内容には直接かかわらない。

・「序詞(じょことば)」
 枕詞に似て、ある言葉を装飾する点は同じだが7音以上の語句を用い、装飾される語も含めて「作者オリジナル」でなければならず、心情を述べる導入の役割を果たす。

・「掛詞(かけことば)」
 駄洒落はオヤジギャグとして嫌われがちだが、「松」と「まつ」というように本来は同音異義語によって、1つの語に2つの意味を持たせ、二重の文脈をつくる和歌の手法なのだ。

・「縁語(えんご)」
 こちらは音ではなく、ある語と意味の関連する語を配することにより、表現効果を増すのに用いる。たとえば、「髪」の縁語は「ながからむ」「乱れ」などで、先の掛詞には縁語を伴うことが多く、オヤジギャグが嫌われるのは、この工夫が足りないからなのかもしれない。

現代と見ているものの感覚が違う?

 他にも和歌の表現手法には、庭の植え込みに咲く「白菊」を晩秋の「初霜」になぞらえる歌があるように、「見立て」というものがある。なるほど、どちらも白いからと納得してしまうのは、ある意味で現代的な感覚で、かつての形状やイメージはそうではなかったようだ。桜と並び日本の花の象徴となっている菊は、平安時代に中国から渡来したもので、『万葉集』では詠まれておらず、和歌に初めて登場するのは『古今集』になってからだそう。当時の花は大輪ではない小菊だったらしく、邪気を払う薬草と考えられていた。その菊を特に好んだ後鳥羽院が太刀などに菊花の紋を入れるようになり、皇室の紋章となった。

 同様に現代の感覚と大きく異なると思われるのが、富士山である。雄大さと荘厳さを兼ね備えた姿は、古来「神が坐(ま)します山」と考えられ信仰されていた。しかし平安時代にはしばしば噴火していたことから、恋の歌では「思い」に「火」を掛け、「煙」などの縁語から「燃える恋心」の比喩に用いているという。

著作権侵害をしないための本歌取りのルール

 和歌のもう一つの表現手法に、「本歌取り」がある。「誰もが知っている古歌を意図的に取り込んで新しい世界を創造する修辞法」で、『千載和歌集』の撰者として知られる藤原俊成(ふじわらのとしなり)および定家が確立したとされる。現代でも、盗作や剽窃は忌み嫌われ問題となる一方、リスペクトとかパロディとどう違うのか、あるいはどこまでなら許されるのかが議論となっているように、和歌の世界でも規定が必要とされたようだ。本歌から取る言葉の分量や、主題を春から秋にというように本歌から変えること、近現代歌人の歌を取ってはならないなど、なかなかに厳しく定められている。

 今年は新型コロナウイルスで帰省を控え、親族で集まれなかったという人もいるだろう。緊急事態宣言が再び発出され、ステイホームにより静かに過ごす時間が多くなっている人も少なくないだろう。本書には、そもそも「藤原定家はなぜこの100人・100首を選んだのか」という謎解きの要素もあるので、安楽椅子探偵を気取ってお家で愉しんでみてはいかがだろうか。

文=清水銀嶺