花粉症にはキスが効果的という説も⁉ クスっと笑えてためになる「ヘンな科学」

文芸・カルチャー

更新日:2023/3/23

ヘンな科学 “イグノーベル賞” 研究40講
『ヘンな科学 “イグノーベル賞” 研究40講』(五十嵐杏南/総合法令出版)

科学の賞と聞いて、真っ先に思い浮かぶのはノーベル賞。しかし、実は「誰得?」と言いたくなるようなユニークな研究に贈られる賞もこの世にはある。それが、「まずは人を笑わせ、その後考えさせる」をモットーにした、イグノーベル賞だ。

「裏ノーベル賞」ともいわれるこの賞は1991年に創設されて以来、世界に笑いと驚きを与え続けている。毎年1万件近くの候補の中から選りすぐりのキテレツ研究10件が選ばれるのだが、なぜか日本人は受賞の常連。例えば、犬の気持ちを教えてくれる「バウリンガル」やカラオケはどちらも日本人が発明し、イグノーベル賞に選ばれている。

『ヘンな科学 “イグノーベル賞” 研究40講』(五十嵐杏南/総合法令出版)は、気張らずに楽しめるイグノーベル賞受賞研究を知れる一冊。本書では日本人受賞者を多くピックアップし、40の研究を紹介している。

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■フンコロガシのコンパスは「天の川」

なぜそんなことを調べるのか。そう問いたくなるような研究がイグノーベル賞には多い。コーヒーをこぼさずに歩くにはどうしたらいいか、空と満タンのビール瓶はどちらが凶器としてより危険かなど、本書に記されている研究は想像の斜め上をいくものばかり。なかには動物の不思議な生態を解き明かした、ちょっぴりロマンを感じさせるものも。

そのひとつが、フンコロガシは天の川を頼りに進行方向を決めていることを突き止めた研究。それまでフンコロガシは太陽や月が出ていない時はあまり動かないようにしていると考えられていた。

しかし、スウェーデンのルンド大学の研究チームは南アフリカで研究をしていた時、偶然、月が出ていない夜にフンコロガシがまっすぐ動いていることを発見。空を見上げると天の川が見えたため、コンパスとして使っているのでは……と考えた。

そこで、フンコロガシをプラネタリウムの中で歩かせてさまざまな星空を投影したり、上空が見えないように帽子をかぶせたりし、本当に天の川がポイントになっているのかを調査。こうして、天の川をナビゲーションに使う生物がいることを初めて明らかにした。この研究結果は今後、大移動する動物の研究でも参考になるという。

一見、ユニークなだけに思える研究が今後の科学界を変え、世界の見え方をも変えていく。イグノーベル賞には、そんな面白さがある。本書には研究者自身が体を張った実験も多数収録されているので、そちらも必見。

個人的にグっときたのが、義肢製作の専門家にヤギスーツを作ってもらい、ヤギになったデザイナーの実験。いつもとは違った立場に立つと、見える景色はどう変わるか――。ユニークな研究の数々は、そんな疑問を自分の心に宿すきっかけにもなる。

■花粉症にはキスが効果的!

一方、受賞研究の中には、日常生活の中で役立つものも多くあるよう。例えば、日本人が悩みがちな花粉症にはキスが効果的であることが証明されている。

アレルギー専門医である木俣肇医師は、日常的にキスをしておらず、スギ花粉かダニのアレルギーが原因の鼻炎、アトピー性皮膚炎を持つカップルに協力を依頼。2人きりの部屋でロマンチックな音楽を流し、30分間自由にキスをしてもらい、前後のアレルギー反応を比較。キス後にアレルギー反応が減弱することを発見した。

ちなみにハグではアレルギーへの反応に変化が見られず、刺激が強い性行為は効果的だったそう。この研究の根底には薬だけに頼らず、自然治癒力で症状を緩和させたいという木俣医師の優しさがあった。

また、2011年に化学賞を受賞した、わさび成分を噴射して眠っている人に火災を知らせる警報装置も優しさの末に生み出されたもの。特許も取得しているこの装置は就寝中、火災に遭うことを心配している聴覚障がい者が多いことに着目して開発された。一見、奇想天外なように思える発想の裏には、「世界を変えたい」と願う研究者たちの情熱と努力があるのだ。

イグノーベル賞は一時期、イギリス政府の科学顧問から「科学に対する冒涜」と非難されたことがあったそう。だが、本書に掲載されている研究者たちの熱意を知ると、その発言には首をかしげたくなる。笑えるだけでなく、当たり前だと思っている世界の見え方を変えてくれる奥深い研究には無限の可能性があるように思えてならない。

“その滑稽さゆえにないがしろにされている素晴らしい研究にスポットライトを当てることも、この賞の役割である。良い研究が堅苦しくある必要は全くない、ということだ。”

著者のそんな言葉が沁みる本書は、「なぜ」を感じ続けていたあの頃の無垢な心を呼び起こしてもくれる。

文=古川諭香