山田詠美『タイニーストーリーズ』を内田春菊がコミカライズ! 累計337万PVを突破した人気連載がついに本に!

マンガ

更新日:2021/3/1

タイニーストーリーズ
『タイニーストーリーズ』(山田詠美:原作、内田春菊:作画/文藝春秋)

「たった一本の線で、そのページ全体を情感で満たしてしまう内田春菊さんの絵が、昔から大好きでした」というのは、コミカライズに寄せた山田詠美さんの言葉だが、まさしく情感で満たしたとしか言いようのない1冊となった内田春菊版『タイニーストーリーズ』(文藝春秋)。

 物語の展開はもちろん、描かれる感情の渦やひっそりとした孤独、人生のわりきれなさといった作品の底に流れているものも全部、原作どおりなのに、読み終えてみるとこんなにも“違う”ことに驚かされる。けれど「えっ、こんな話だったっけ!?」と小説を読み返してみればやっぱり“同じ”。多少構成を変えたり省略されたりしてはいるものの、大切なところは丹念に掬いとられ、原作の世界観はこんなにもそのままなのに。内田さんの手によって、ぎゅっと濃縮されたところに、唯一無二の情感が生まれるのかもしれない、と思う。

タイニーストーリーズ

タイニーストーリーズ

 原作の21編から6編が描かれているのだが、なかでも好きだったのが「宿り木」と「LOVE 4 SALE」だった。「宿り木」は、美しく傲慢な従姉・舞子に追従し続ける志乃の物語。いくら志乃が何もできず、売れっ子モデルの舞子に養ってもらっているからといって、あまりに暴言が過ぎると思うのだけれど、志乃はいつも笑顔で、感謝し続けている。けれどその裏で、自分を貶めた人間への復讐を決して怠らない志乃が、舞子にもたらした悲劇とは……。

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タイニーストーリーズ

タイニーストーリーズ

 舞子に何をされても怒らず、傷つかず、舞子の自尊心を守って“あげる”ことが自分の使命かのようにふるまう彼女が、胸のうちでたぎらせているものを、あくまで穏やかにかわいらしく描き出しているところに、ぞっとする。

「LOVE 4 SALE」は、自殺しようとした男を拾った蜜子が主人公。お金では買えないもの――たとえば思いやりや慈悲の心なんていうのは、お金に余裕がなければ手に入らないのだと子どものころから悟っていた彼女は、バイト先の店長に愛人稼業をもちかけたり、キャバクラ・銀座のクラブ・SMクラブにソープランドと水商売を転々としたりして、1000 万の貯金とマンションを手に入れた。そんな矢先、借金苦で自殺しようとした正吾を助けるために、“無償の愛”を注ぐようになるのだが……。普通だったら傷つき、怒るはずの結末に、蜜子が見せた清々しい笑顔と結論が、それまでの官能的な描写との対比もきわだち、胸をうつ。

タイニーストーリーズ

タイニーストーリーズ

 憧れの小説家と特別な関係になった女性が人生を食い尽くされていく「モンブラン、ブルーブラック」や、アルコール依存症の夫の入院病棟で出会った青年との秘め事を描いた「催涙雨」、無口で武骨なパン職人に身も心も捧げた結果の衝撃を描いた「ブーランジェリー」など、収録作のほとんどは仄暗く、不穏で、だからこそエロティックで、ぞくぞくする。一方で、とある悪事をきっかけに美しく開花していく主婦を描いた「百年生になったら」など、ある種のホラーではあるがパワフルに背中を後押しされる作品もあり、タイニーだけど濃厚に女の悲喜こもごもが詰まった物語集となっている。原作を知らない人も読んで圧倒されることは間違いないが、できれば読み比べて両者それぞれの凄みを味わってみてほしい。

文=立花もも