古代史文献にチラチラ見える疫病と災害の痕跡? 実際の“記憶”が練りこまれた古代の文献たち

文芸・カルチャー

公開日:2021/2/6

疫病・災害と超古代史 神話や古史古伝における災禍との闘いから学ぶ
『疫病・災害と超古代史 神話や古史古伝における災禍との闘いから学ぶ』(原田 実/文芸社)

 昨年は、新型コロナウイルス禍において少しでも役に立ちそうな本を選んでいたが、少し趣向を変え、古史古伝の中に疫病や災害の痕跡を見つけてみようと思い、『疫病・災害と超古代史 神話や古史古伝における災禍との闘いから学ぶ』(原田 実/文芸社)を手に取った。中でも古史古伝は歴史研究家の著者・原田実氏によれば、「実証的にはいずれも偽書の謗(そし)りを免れないもの」とのこと。しかし、現代の私たちが小松左京の滅亡SF『復活の日』など類似の内容の作品を観ようとすることについて、人は苦難を受け入れ危機を乗り越えるために「あえてその危機によく似た物語を求めようとするようなもの」とも述べている。

ギリシア神話における太陽神アポロンが疫病の象徴?

 紀元前8世紀頃の詩人とされるホメロスの代表作『イリアス』に描かれているトロイア戦争は、20世紀には実際にあったとする説が流布したが、現在では紀元前8世紀以前の古代世界における複数の衝突が伝承化されたもの以上のことはいえないようだ。面白いのは、トロイアの神官クリュセスがアポロンに祈りを捧げ、アポロンが祈りに応えて弓で敵を討つ場面の解説。古代ギリシアでは男性が急死すると「アポロンの矢に射たれた」というたとえが用いられ、太陽神として知られるアポロンには「スミンテウス」の称号もあり、それは「ネズミを支配する者」を意味する。農作物の害獣であるネズミを押さえ込むという意味が込められているそうだが、著者は「疫病の媒介者としてのネズミの王を意味した可能性」を指摘している。

旧約聖書の災厄は古代中東の自然災害を列挙したもの?

 旧約聖書には、エジプトで虐げられていたユダヤ人が、神の啓示を受けた預言者モーゼの指導の下、東方へと逃れた「出エジプト記」という物語が載っている。エジプトの民と王がユダヤ人の脱出を阻止しようと追ってきたため、モーゼは主なる神の命じるままに撃退するのだが、その描写に注目したい。ナイル川を臭い血の川に変えて川魚を死に絶えさせることによりエジプトの民が水を飲めなくし、エジプトの馬や牛やロバなどの家畜を死なせたうえ、人も獣も問わずに腫物(はれもの)の病を流行らせるという内容だ。著者は川が赤くなった理由を「有害プランクトンが増えて水の色が変わる現象だろう」と解説しており、エジプトが受けた厄災は自然災害を列挙したものと考えられる。流行病の描写はそのまま疫病が蔓延した様子であろう。

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『竹内文書』に水害の記述が多い理由

 古代人が未来の厄災を予言したかのような記述のある『竹内文書』は、数百億年前までさかのぼる神々の系譜なども出てきて、そのファンタジーさゆえに「古史古伝」ファンの間で人気が高い文献の一つ。天津(あまつ)教という新興宗教の教典でもあり、教祖の竹内巨麿(きよまろ)が竹内家に代々伝わる「古文書」と称して公開した物だが、世界が「土の海となる」といった表現で異変に見舞われたことが繰り返し出てくるという。著者はそれを、「巨麿自身の記憶の反映」ではないかと推測する。というのも、明治8年頃に巨麿が生まれた富山県の神通川流域は、大正年間に治水工事が行なわれるまでは幾度となく水害に遭い、街中をいかだで行き来することさえあり、治水工事が進んでからも水害に襲われていたのだとか。

 いまだ終息の見えない新型コロナウイルスの厄災も、いずれは歴史の一部となるだろう。その資料の中には、想像や伝聞がさも事実のように記されたモノも紛れ込んでいるかもしれない。

文=清水銀嶺