人気芸人、作家、映画監督、ドラァグクイーン…100人が綴る「二度と行けないお店」の記憶

文芸・カルチャー

公開日:2021/2/20

Neverland Diner 二度と行けないあの店で
『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』(都築響一:編/ケンエレブックス)

「いまだに印象に残っている店は?」と聞かれたら、ほとんどの人は少し考えた後に自分の記憶を探って答えるだろう。

 続けて「どうしてその店が印象に残っているの?」と尋ねられた場合の返事はきっとさまざまだ。その店がもう二度と足を運べないところであるなら、なおさら。

『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』(都築響一:編/ケンエレブックス)はタイトルのとおり、二度と行けない、もしくは行かない店のことを100人が綴ったエッセイ集だ。100人の職種が人気芸人からアイドル、作家、ミュージシャン、映画監督、ドラァグクイーン、マンガ家など、さまざまなのも興味深い。

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“いつだって、いちばんおいしいのは記憶なのだ”

 序盤で都築響一さんが書くとおり、著者たちの文章はそれぞれの文体でおいしそうに弾む。店で出てくる料理がおいしいとは限らない。今はもう会うことのない人、その店でアルバイトした思い出、店員との関わり……それぞれが香ばしく、店はなくなっても記憶の中にとどまり続けるのだ。

 例えば社会学者の鵜飼正樹さんは、役者をしていた頃、劇団で別格扱いをされていた「太田先生」の思い出を綴る。既に老境に達した白塗りの女形だが演技が上手だったという記憶はない。だがなぜか座長からも「先生」と呼ばれている。そんな不思議な「太田先生」が、舞台の扮装をしたまま通っているゲイバーがあった。鵜飼さんも座長に連れられて行ったことがある。そのバーのママは元歌舞伎役者で鬘をかぶった女形姿の「お姉さん」が接客する店だったという。太田先生もママもとうに亡くなったが、鵜飼さんにとって店だけではなく人との思い出を喚起する場所だったのだろう。

 また、作家の村田沙耶香さんは、子供の頃に家族とよく寄ったラーメン屋を取り上げた。村田さんがこのテーマを提示されたとき、この店を選んだのは面白い。なぜならこのラーメン屋は「なくなった店」ではなく、「もう一生この店には来ない」と決めた店だからだ。

 家族はおいしいと言うのに、自分は異臭が漂う癖のあるものとしか感じられない。学校でもみんなが変な味と匂いがするラーメンだと言っている。

「ラーメン」にトラウマを抱えたまま高校生になった村田さんは、デートで他のラーメン屋に行き、そのおいしさに驚く。そして大人になってからもう一度だけ例のラーメン屋へ行き、同じ店に他の人気メニューができていることに気づく。しかしあえて、昔食べた醤油ラーメンを注文する。このあたりは皮肉がきいていて面白いし、批判ではなく思い出深いものとしてその店をとらえているところに村田さん自身の作家としての個性も光る。

 時折はさまれている都築響一さんの写真も印象深い。二度と行けない店ばかりなので撮影ができないため、本書がメールマガジンで連載されていた際、工夫を凝らしたようだ。

“届いた原稿を読ませてもらって、思い浮かんだ情景を針穴写真のように、どこにも焦点が合わない画像にして添えさせてもらった”

 情景と共に各著者の記憶にある「二度と行けない店」を自分の脳にも蘇らせて、味わってみてはどうだろうか。

文=若林理央