夫婦ではなくパートナー? セクシュアリティが異なる2人の偽装結婚生活とは

マンガ

公開日:2021/2/19

わたしは壁になりたい
『わたしは壁になりたい』(白野ほなみ/KADOKAWA)

 従来の「結婚」といえば、異性の夫婦が同じ苗字となり、同じ家に住むことが当たり前とされてきた。しかし昨今では、夫婦別姓を望む人が少なくない。また、あえて事実婚を選択する男女や、パートナーシップ制度が定められた地区に引っ越し、新しい環境で生活を始める同性カップルも珍しくなくなった。このように「結婚」の形は、少しずつ変化してきている。

『わたしは壁になりたい』(白野ほなみ/KADOKAWA)でも、従来考えられてきた結婚の形とは、異なる形「偽装結婚」を選択した夫婦の生活が描かれている。

■描かれるのは、セクシュアリティが異なる2人の夫婦生活

 本作の主人公は、ゆり子と岳郎太。2人はお見合いを経て結婚することになったが、お互いに恋愛感情がない。なぜなら、ゆり子は人に恋愛感情を持たない「Aセクシャル(アセクシャル・無性愛)」で、岳郎太は幼馴染の男性を想う「ゲイ」だからだ。

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 ではなぜ彼らは結婚したのか。それはお互いの需要と供給が合致したためである。「人の恋愛を壁になって見守りたい」と考えるゆり子は、岳郎太と結婚すれば幼馴染との恋模様をそばで見ていられる。一方、家庭の事情で結婚しなければならない岳郎太は、ゆり子と結婚することでその問題を解決できるのだ。物語はこの設定をベースに描かれていく。

■2人の優しさで築かれていくパートナーとしての関係

 従来の結婚観であれば、「需要と供給の合致」のみで結婚に至るなど考えにくい。いくら結婚に対する考え方が変わりつつあっても、「好きだから結婚する」という前提だけは変わっていないからだ。ただ本書を読了し感じたのは、ゆり子と岳郎太のような恋愛感情の有無など関係ない、良きパートナーという形の結婚もありなのかもしれないということである。

 特にゆりこと岳郎太がお互いのことを知るシーンで、それは感じられる。第1巻ではゆり子と岳郎太の過去と、抱えてきた苦しみがそれぞれ描かれるのだが、2人はお互いにその苦しみと向き合い寄り添おうとするのだ。現にゆり子は、岳郎太の過去と決意を聞いて自分のことのように涙し、岳郎太も、ゆり子のことをもっと知ろうと彼なりに努力を重ねていく。結婚しているとはいえ、恋愛感情がなく関係も浅い人に対して、ここまで優しくなれる人はそう多くないはずだ。物語が進むごとに2人の結婚の形が「あり」と思えるのも、2人の歩み寄ろうとする姿、寄り添おうとする気持ちがあってこそ。

■セクシュアルマイノリティを知るきっかけになる作品

 セクシュアルマイノリティに関する作品は、その悩みの大きさや深さから重たく感じてしまうものも少なくない。人によっては読み進めるのが辛くなってしまう作品もあるだろう。ゆり子と岳郎太が抱える悩みも、決して軽いわけではない。ただ本作の良いところは、セクシュアリティの悩みを抱えつつも、支え合いながら前向きに生きる2人の姿が描かれている点である。そのため、読み進めても重たく感じることはなく、むしろ温かい気持ちになれるのだ。

 現在、全世界に約10%いると考えられているセクシュアルマイノリティ。メディアのおかげで認知は広がり、それを身近に感じる人も増えつつある。しかし、当事者が抱えるリアルな悩みや苦しみを知る機会はまだ少ないだろう。本作は、そんな彼らのリアルな苦悩を知るきっかけとしておすすめだ。ゆり子と岳郎太の夫婦生活を応援するとともに、ぜひセクシュアルマイノリティへの理解も深めていただきたい。

文=トヤカン