ミステリで嘘をついてはいけない箇所とは? 構造から知るミステリ作品の魅力

文芸・カルチャー

公開日:2021/2/11

書きたい人のためのミステリ入門
『書きたい人のためのミステリ入門』(新井久幸/新潮社)

 いつの時代も根強いファンのいるミステリ作品。その構造に迫った一冊が、活字に関わってきたベテラン編集者による『書きたい人のためのミステリ入門』(新井久幸/新潮社)だ。本書を片手にさまざまな作品にふれれば、普段読んでいるミステリ作品を今より何倍も楽しむことができる。

■読者を引き付けるために欠かせないプロローグ

 ミステリ作品に欠かせないものは「事件」だ。ただ、のっけから闇雲に分かりやすい事件が起きて、尻すぼみになっては面白くない。かといって、延々と何も起きなければ「これは本当にミステリなのか?」と、読んでいるこちら側も不安になってくる。

 それを解決するのが「プロローグ」だ。事件の“匂い”をただよわせながら、舞台設定や登場人物の紹介も兼ねるのがプロローグの役割で、本書によると、たいていの作品では読者に対する「引き」や「つかみ」を作るために機能しているという。

advertisement

 多くの作品で冒頭にショッキングな場面が描かれるのは「もうちょっと読むと、こういう事件が起きますよ」と知らせるため。そこから先でしばらく何も起きなくとも、序盤ではっきりと印象付けているから、事件や人物の背景が徐々に明らかにされていく後々の展開が生きてくるのだ。

■作品内で嘘をついてはいけない箇所

 ファンの間では、作品の展開が「フェア」か「アンフェア」かで議論になることもあるという。しかし、ミステリ作品はスポーツのように「正々堂々と勝負すること、フェアプレイが重んじられる」と本書は主張する。

 では、ミステリにおける「フェア」を担保するルールとは何か。それはずばり「〈三人称の〉地の文では嘘は言わない」ということだ。

 地の文とは、主に人の会話などに挟み込まれる文章だ。見た目にも分かりやすく、基本的にはカギ括弧やヤマ括弧など、特殊な印を使わずに表現している部分で、読者を意識して、客観的かつ淡々とした説明口調に終始している場合も少なくない。

 そして、ここで嘘をついてはいけないのは「読者が何を信じていいか分からなくなる」からだ。作中の台詞はあくまでも登場人物同士のやり取りであって、地の文はいわば作家と読者がコミュニケーションを図る場である。主人公と読者が一丸となり事件の推理へ集中するためにも、役立っているのだ。

■伏線のもう一つ先に真意を隠すのが「上手い伏線」

 犯人だけではなく、事件が発生するまでの過程を自分なりに推理するのもミステリの醍醐味。ときには、作家が張り巡らせていた「伏線」を事前に読み取り、声に出さずとも心の中でニヤリとほくそえみたくなったりもする。

 ただ、この「伏線」にもルールがある。本書が掲げている「上手い伏線」の中でも、理想的とされているのは「ダブルミーニング」になっていることだ。

 ミステリ作品では、読者として読んだ冊数を重ねてくると、いくつかのパターンに慣れてくる感覚もある。しかし、望ましいのは「そっちだったのか!」と思わせるような伏線。丁寧に張られた伏線に気がついたものの、その奥に真意が隠されていたならば、読んでいる側としても新たな発見が生まれるものだ。

 さて、ミステリ作品は、頭をフルに使う頭脳ゲームのような楽しさもある。その構造を理解するのもロジカルで面白く、本書を読めば、さまざまな作品の奥深さをよりいっそう味わえるはずだ。

文=カネコシュウヘイ