孤独な少年少女の、嘘の裏にあるものは…… “家族”という闇に迫る、2人の脱出劇

文芸・カルチャー

公開日:2021/2/13

さよなら嘘つき人魚姫
『さよなら嘘つき人魚姫』(汐見夏衛:著、みっ君:イラスト/一迅社)

 底抜けに明るい人を見ていると、「この人に悩みはあるのだろうか」「毎日が楽しそうだな」と思うことがある。しかし実際は、悩みのない人間なんてほぼいない。皆、何かしらの問題や不安を抱えているものだ。明るそうに見える人でも、本当はそう見せることで自分を守っているのかもしれない。『さよなら嘘つき人魚姫』(汐見夏衛:著、みっ君:イラスト/一迅社)は、改めてそんなことを考えてしまう本。

 本作品の主人公は、母親以外の人間を拒絶して生きている男子高校生・羽澄想、そしていつも嘘ばかりついてへらへら笑っている女子高校生・綾瀬水月の2人。羽澄も綾瀬も、スクールカーストの最下層にいる生徒で、周囲の人間から馬鹿にされ、笑われながら生きている。2人は一見すると、べつに似ているわけではない。むしろ一切喋らない羽澄といつもうるさい綾瀬は正反対の性格、のように見える。しかし2人には、それぞれ誰にも話していない共通の苦しみを抱えていた。家に「自分の居場所」がないのだ。でも、それは自分しか知らないことで、誰にも言っていなかった。

 しかし綾瀬は、不愛想でまわりを無視し続ける羽澄が実は優しい人間だと知っていた。そして羽澄も、いつも馬鹿みたいに明るい綾瀬が実は心を閉ざして壁を作っていると気づいていた。お互いに相手を深く探ることはないけれど、今の表の性格には「何かがある」と勘づいたのだ。そうして、交わるはずのなかった2人は次第に一緒に過ごすようになっていく。一緒に「生物部」に入って、動物園デートを果たし、限られた時間の中ではあるが、互いの心を溶かしていく。

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 そんな中で、自由を手に入れかけた2人の前に立ちはだかる「家族」の存在。唯一無二である家族だからこそ、2人をがんじがらめにして離さない。羽澄も綾瀬も、それぞれと出会うまではそんな親に従い、心を無にして笑顔を作り、自分の人生を諦めていた。しかし2人で過ごすうちに、現状から抜け出したい、逃れたい、と思ってしまった。そして一度思ってしまったら、もう止まらなかった。こうして追いつめられた2人がとった行動は――

「親」という存在に対し、多くの人は一定以上の「期待」をしてしまう。必要としてほしいと思ってしまう。そしてそれが得られない時、不安を感じた時、どうにか親の機嫌を取らなければと必死になってしまう。それは仕方がないことなのかもしれないが、それによって子どもの思考は狭まり、自己肯定感も培われず、自由を失ってしまう。でも、それでは子どもは幸せになれない。どこかで自分自身をきちんと見つめ、自立しなければならない。結果として親の意向に沿わなかったとしても、自分自身で選択しなければならない。

 羽澄と綾瀬は、出会ったことでそれに気づけた。しかし現実では、これに気づくことができず、誰を頼ることもできず、悲しい結末を迎える事件があとを絶たない。優しい人ほど囚われる家族という呪いは根深い。この『さよなら嘘つき人魚姫』が、そうした悩みや生きづらさを抱える人の目に少しでも多く触れ、気づきと救いになりますように。

文=月乃雫