悩めるあなたに極上のメニューと星詠みを! 猫のマスターが疲れ切った心を優しく癒す「満月珈琲店」

文芸・カルチャー

公開日:2021/2/20

満月珈琲店の星詠み~本当の願いごと~
『満月珈琲店の星詠み~本当の願いごと~』(望月麻衣:著、桜田千尋:絵/文藝春秋)

 これまでの人生を振り返ると、自分よりも他者を優先することが多かったように思う。人に合わせ、感情を押し殺すのが当たり前な日々を送っていたら、本心が分からなくなった。

 そんな自分を見つめなおすきっかけをくれたのが、『満月珈琲店の星詠み~本当の願いごと~』(望月麻衣:著、桜田千尋:絵/文藝春秋)。本作は桜田千尋さんがSNSに投稿していた幻想的なイラストに着想を得て、望月麻衣さんが書き下ろした『満月珈琲店の星詠み』(文藝春秋)の続編だ。

 本シリーズの舞台は、どこにでも気まぐれで現れる「満月珈琲店」。猫のマスターと星遣いの店員が極上の料理や星詠みで疲れた人々を癒すという、温かいストーリー展開になっている。

『満月珈琲店』(KADOKAWA)

 2020年8月にはイラスト集『満月珈琲店』(KADOKAWA)も発刊され、大きな話題に。桜田さんが描く料理はおいしそうに見えるのはもちろん、どこかノスタルジックで、つい引き込まれてしまう。

 幻想的な料理は、今作にも続々登場。「西洋占星術」とはなにかをメインに物語が進んでいた前作とは、また違った感動が得られる。

三毛猫マスターと星遣いの猫たちが教えてくれる「本当の願いの見つけ方」

 年を重ねるごとに、どんどん生き方が不器用になっていく…。そう感じている人は、きっと多いはず。誰かのために本心を飲み込んだり、望む未来を諦めたりすることが私たち大人は年々、上手くなっていく。

 けれど、そうした中で自分自身が蔑ろにした「心からの願い」は、どこに身を潜めているのだろう。本作のテーマが「本当の願いの見つけ方」だからこそ、そんなことを考えさせられた。

 結婚と仕事のどちらをとるか悩む女性や、絶縁していた父親が倒れたことで実家に戻ることになった主婦など、本作には様々な苦悩を抱える人々が登場。彼女たちは自分の人生と向き合い、「本当の願い」を見つけていくのだが、その過程が泣ける。なぜなら、各々が抱えてきた悲しみや弱さが自分の持っているものと似ていて、心が反応してしまうからだ。

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 中でも、派遣社員・鈴宮小雪のエピソードは心に深く刻まれた。幼少期の辛い体験からクリスマスが大嫌いになってしまった小雪はイブの日に寂しさを感じ、感傷に浸っていた。そんな時、派手な髪色の男の子からビラを渡され、近くの美術館でイルミネーションが開催されていること知る。

 なんとなく足を運んでみると、美術館の屋上庭園に「満月珈琲店」が。カウンターに座ると、そこにはどこかで見たことがあるような気がするスーツ姿の男性がいた。そして、彼と話していると店員から突然、奥深い質問を投げかけられたのだ。

“あなたは、ご自分の『本当の願いごと』を知ってますか?”

 小雪は「宝くじが当たりますようにかな」と返答するも、店員は納得せず、その願いは本心ではないと指摘。再度、小雪に問う。

“お金が『経験と引き換えができるチケット』だとしたうえで、もう一度お訊ねします。あなたは、『どんなことを経験するチケット』が欲しいですか?”

 このセリフをじっくりと噛みしめた小雪は押し殺してきた本心に気づき、自分の本当の願いと向き合うことに…。その過程は涙なしには読めず、自分も一体いくつの願いを殺し、誤魔化し続けてきたのだろうと考えさせられた。

 満月珈琲店では客からの注文は受けず、猫店主がその人にぴったりのスイーツやフード、ドリンクなどを提供するため、小雪は「新月のモンブラン」、スーツ姿の男性には「ブラックホールのチョコ仕立て」が出された。

満月珈琲店の星詠み~本当の願いごと~
(c)桜田千尋

満月珈琲店の星詠み~本当の願いごと~

 しかし、なぜか彼はコーヒーを飲むばかりで、スイーツには全く手を付けようとしない。一体、この男性は何者なのか…。その謎がラストで解けた時、読者の頬から再び涙がこぼれるはず。こんな風に感動の波に何度も浸れ、心をデトックスできるのは本作の醍醐味だといえる。

 なお、作中には他にも、茶葉と思い出を抽出した「線香花火のアイスティー」や「蟹座のチーズフォンデュ」、「射手座のりんご飴」など、趣を感じられる幻想的なメニューが多数登場。

満月珈琲店の星詠み~本当の願いごと~

満月珈琲店の星詠み~本当の願いごと~

満月珈琲店の星詠み~本当の願いごと~

 優しさが詰まった極上のメニューに触れると、これまで全力疾走してきた自分自身に「がんばったね」を贈ってあげたくもなる。

 疲れ切った心に明かりをともし、未来への扉を開いてくれる「満月珈琲店」。そんな素敵なお店に出会える “いつか”を期待してみたい。

文=古川諭香