母親に「悪魔の子」「バカな女」と罵倒され、暴力も…毒親育ちの作者が、過去を断ち切り幸せを手にするまで

マンガ

公開日:2021/2/22

おかあさんといっしょがつらかった
『おかあさんといっしょがつらかった』(彩野たまこ/講談社)

 親と一緒に過ごす時間が苦しい――。それは、毒親育ちならでは感情だと思う。かく言う筆者自身の子ども時代を振り返ると、これ以上、心を傷つけられないように顔を強張らせつつ、バリアを張っていた自分が浮かんでくる。あの頃から自分にとって親は安心できる存在でも心を許せる相手でもなく、ただ一緒に暮らしているだけの他人。そう割り切っているのに、心の中にある両親への恐怖心や恨みをどう整理したらいいのかが、ずっと分からないままだった。

 そう悩んでいた時、目に留まったのが『おかあさんといっしょがつらかった』(彩野たまこ/講談社)。本作は、毒親育ちの彩野たまこさんが母親と過ごした傷だらけの日々を鮮明に綴ったコミックエッセイだ。

■母親から「悪魔の子」と罵られた地獄のような日々

 たまこさんは両親と兄、弟、母方の祖父母と二世帯住宅で暮らしていた。国民的アニメのような家族構成の彩野家は一見、どこにでもある普通の家庭。だが、その内情は悲惨なものだった。

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 両親は毎日言い争うほど仲が悪かったが、我が子の悪口を言う時だけ意気投合。たまこさんは幼い頃から罵倒され続けた。重度の酒乱で虚言癖もある母親はたまこさんを「悪魔の子」や「バカな女」と罵り、暴力も振るっていたそう。

 中でも、ショッキングなのは初潮が来た時のエピソード。困惑する小学3年生のたまこさんに向け、母親が放ったのは「汚らわしい。悪魔の子の証」という暴言。布団に経血がついてしまった日には「すごく恥ずかしくて汚いこと」や「お前は恥ずかしくて汚い子」と、全否定された。

 こうした家庭環境で育ったため、たまこさんは9歳の頃から母親との意思疎通を諦め、大人の前で自分を出せなくなっていったそう。本作には他にも、これまでに受けてきた虐待がたくさん描かれており、心が締め付けられる。そして、同時に子どもの心身を傷つける母親に対して憤りたくもなってしまう。

 だが、母親の生い立ちを知ると、彼女に向ける視線が少し変わる。なぜなら、彼女自身も幼い頃に両親から折檻を受け、心に傷を負っているから。もちろん、どんな理由があっても子どもの心身を痛めつけてはならないが、母親も苦しんできたのだと知ると、負の連鎖を断ち切ることの難しさを痛感。

 誰も幸せにならない連鎖を断ち切るには毒親を恨んだり非難したりするよりも、受けてきた苦しみの抱えた方を知ることが大切なのだと気づかされた。消えたくなるほどの痛みを知っているからこそ、私を含む毒親育ちには自分の代で連鎖を断ち切る力があるはずだ。

 本作はその手助けをしてくれ、癒えない傷に寄り添ってもくれる。例えば、書籍名にも工夫が。単純に母親と一緒に過ごすのが辛かったという意味だけでなく、「お母さんと同居した(いっしょにいた)過去から逃れられない」という苦しみや「お母さんと同類(いっしょ)になってしまうのではないか」という恐怖など、親元を離れた毒親育ちの頭によぎる感情も表現されていて、胸に刺さる。

 たまこさんは、人に言えないこうした苦しみを「分かるよ」と受け止めてくれ、私自身の半生との向き合い方を教えてくれた。

 完全に苦しみを断ち切ったり、一度傷ついた心をまっさらな状態に戻したりすることはきっと不可能だ。けれど、母親との関係に自分なりのピリオドを打ったたまこさんの選択は、今よりも心が楽になる生き方を見つけるきっかけになる。

 似たような痛みを抱える人が、幸せになることや笑うことにもっと貪欲になれるよう願い、本作を薦めたい。必死に生きてきたその命には、言葉にできない価値があるのだから。

文=古川諭香

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