YOASOBI最新曲「ハルカ」、MVの物語の裏に潜むエピソードとは? おまもりにしたい! 原作イラスト小説

文芸・カルチャー

公開日:2021/2/25

ハルカと月の王子さま
『ハルカと月の王子さま』(鈴木おさむ:作、伊豆見香苗:絵/双葉社)

 花を揺らす風が吹く頃には、旅立ちの季節が待っている。この歌を携えていけば、きっと大丈夫――。昨年12月18日からフル配信が開始されたYOASOBIの第6弾楽曲「ハルカ」は、人生の門出へと向かいゆく人々にとって、心染みる一曲。卒業、進学、就職、初めてのひとり暮らし、結婚……。喜びとともに感じてしまう心もとなさにもそっと寄り添ってくれる楽曲は、ひとりの少女の成長を誰よりもそばで見守ってきた“あるもの”の目線から、出会いと別れを歌っている。

 コンポーザー・Ayaseとボーカル・ikuraによる「小説を原作に、音楽を作り出すユニット」YOASOBI。ストリーミング配信回数2億7000万回を突破、昨年のNHK紅白歌合戦でも披露された第1弾楽曲「夜に駆ける」は、小説投稿サイト「monogatary.com」に投稿された「タナトスの誘惑」が題材となっている。楽曲、MV、そして楽曲のもととなった小説(昨年9月、双葉社より刊行された『夜に駆ける YOASOBI小説集』は10万部を突破)を、それぞれ単体で楽しみつつ、その世界観をオーバーラップしたり、融合させたり……。YOASOBIから広がっていく心の“あそび”は尽きることがない。

「ハルカ」の原作は、放送作家・鈴木おさむによる書き下ろし小説『月王子』。鈴木氏がパーソナリティを務めるTOKYO FM「JUMP UP MELODIES TOP 20」にYOASOBIがゲスト出演したことをきっかけに生まれたコラボレーションは楽曲化だけにとどまらず、またひとつ新たな世界を広げた。イラスト小説『ハルカと月の王子さま』は、「monogatary.com」で掲載中のストーリーを加筆修正し、そこに「ハルカ」のMVを手掛けたアニメクリエイター・伊豆見香苗が、MVとは別視点でイラストを書き下ろした一冊。

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“月色”と呼んでしまいたくなるような、ほっこり柔らかな黄色で彩られたページをめくると、そこには14歳、中学2年生の遥と、“あるもの”との出会いが描かれる。“あるもの”の名が、“星の王子さま”ならぬ、“月の王子さま”である理由も。そしてそこに込められた意味からは、たとえ人でなくとも、話をすることができなくても、日常のなか、すぐ隣で自分の支えになっているものの存在が浮かび上がってくる。

“こんな僕を買ってくれたんだから、何がなんでも、
遥の為に役に立ってやるって勝手に約束したんだよ”

 誰にも買われず、店の片隅で売れ残っていた“あるもの”――月の王子さまが描かれたマグカップは、自分を家に連れて帰ってくれた遥を前に、心にそう決める。受験勉強をする遥に机の上からエールを送り、高校生になって好きな人と部屋で電話する遥のことも傍らで微笑ましく見守っている。そして遥も、その声や気持ちが届いているかのように、笑顔を向ける。大学に合格し、ひとり上京するときも、遥はマグカップを一緒に連れていく。

“遥、ファイトだ!!負けるな―――!!”

 ひとり暮らしに淋しさを覚えたときも、初めての恋人にフラれ、泣いているときも、就活で人一倍努力しているときも、2人は一緒。“月の王子さま”の傍で、遥はどんどん大人になっていく。

“遥が笑えば僕も笑うし、
遥が怒ったら一緒に怒るし、
遥が泣いたら僕も悲しい気持ちになる。
だけど励ましたくなる”。

 親子とも恋人とも違う、不思議であたたかな関係、“月の王子さま”のような存在は、きっと誰にも心当たりがあるだろう。幾年もの歳月を傍で過ごしてきた、自分の分身のような“もの”は、ささやかな幸せと安心感を連れてきてくれた。そしてきっとこれからも……。

 旅立ち、新たな暮らしのはじまりに際し、コロナ禍に覆われた今年の春は、いつもの春より、さらに心もとない。そうしたなかで『ハルカと月の王子さま』は、心強い“おまもり”になってくれるに違いない。折り紙よりひと回りだけ大きい、小ぶりで柔らかな手触りのイラスト小説は、大切な人へのはなむけの贈りものにも。

“ひとりぼっちじゃない”――誰かが隣にいても、いなくても、そんな想いが込みあげてくる。繰り返し読むほどに愛しさが募ってくる一冊だ。

文=河村道子