松坂桃李主演『あの頃。』 原作の続編――ハロプロを推すヲタたちの情熱と行動力に感服!

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公開日:2021/2/26

僕らの輝き ハロヲタ人生賛歌
『僕らの輝き ハロヲタ人生賛歌』(劔 樹人/イースト・プレス)

 昨今、「群雄割拠」という形容が相応しい女性アイドル界隈だが、彼女たちのルーツを探るとかなりの確率で「ハロー!プロジェクト」(以下、ハロプロ)に辿り着く。現在活躍しているアイドルにインタビューすると、ハロプロに憧れてアイドルを志したという女性が多いのである。

 97年にモーニング娘。がデビューしたのを契機に、つんく♂のプロデュースのもと、松浦亜弥、Berryz工房、メロン記念日など、多くのスターを輩出したハロプロ。そのハロプロを推す(応援する)ファンを「ハロヲタ」呼ぶ。本書『僕らの輝き ハロヲタ人生賛歌』(劔 樹人/イースト・プレス)は、ハロヲタの熱狂的な「推しっぷり」にフォーカスを絞ったコミックエッセイだ。

 著者の劔樹人(つるぎ・みきと)は当然ハロヲタで、かつベーシストとしても活躍中。エッセイスト・犬山紙子氏の夫でもある。彼は前著『あの頃。男子かしまし物語』(イースト・プレス)でも、愛すべきハロヲタの生態を描いていたが、本書はその続編とも取れる内容だ。なお、前著を原作にした松坂桃李主演の映画が、2月19日から公開されている。これがまた秀抜な出来であり、本書を読んでいなくても楽しめるはずだ。

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©2020『あの頃。』製作委員会

©2020『あの頃。』製作委員会

 本書に登場するミチオ、てっつん、コージは皆、かつてはさえない独身中年男性だったが、ハロプロに出会って毎日が明るいものに変化。例えば、てっつんは趣味も目標もないサラリーマンだったが、ハロプロのおかげで「灰色だった世界が輝き出した」と述懐する。

 なお、前著の記述から推測すると、ハロヲタの平均年齢は30歳くらい。あるヲタは遅すぎる「青春がようやくやってきた。ハロプロこそ明日への唯一の活力」と漏らす。また別のヲタは「若い学生時が人生のピークって寂しくないですか? 僕は今が一番楽しいですよ」と意気軒高に胸を張る。

 彼らの挙動は世間では白眼視されることも多く、てっつんはライヴ前に道で衝突しかかった車から「キモヲタ」という怒声を浴びる。だが、そんなこと、彼らは言われ慣れている。ただ、のめり込む対象が車や釣りやサッカーチームではなく、たまたまアイドルだっただけ。若い女性を応援するおっさんたちがキモい、というのは分かるが、そういう人たちは実際にハロプロの曲を聴いたり、パフォーマンスを見たりしたことがあるのだろうか。

 昨今、ハロプロの現場に来るのは半分近くが女性である。そして、本書にもある通り、彼女たちはとてもお洒落だ。メンバーカラーのTシャツはもちろん、ブランドもののバッグにサイリウム(光るペンライト状の棒)を差し色のように忍ばせ、腕には時計代わりにリストバンド。適度にカジュアルながら、自分なりに工夫した装いで現場を訪れる。

 もちろん突出した個性を持つハロヲタも多い。例えば道頓堀健というヲタは推しのラジオや映像、ブログまでをデータベース化。絵文字の数や語尾の使い方を解析してゆくと、握手会の時に会話に困らないのだという。さらには、推しのまばたきの回数をカウントし、彼女がドライアイであることを確認。いや、確認したからどうだと言うのは野暮だろう。

 また、ハロヲタであることの矜持は食事にまで影響を及ぼす。ピザや牛丼、麺類でも、推しメンが宣伝していたり、歌詞に出てきたりする店以外に入るのは禁止。もし推しが道重さゆみだったら松屋に入ってはいけない。彼女が吉野家の一日店長を務めたからだ。

 そして、その道重とファンとのバスツアーでは彼女がヲタのサラダにマヨネーズをかけてくれた。ツアーに参加したコージは、そのマヨネーズがもったいなくて食べられなくなり保管する。秘伝のたれのように継ぎ足しながら使っているというのだ。

 もっと極端なハロヲタの例を挙げると、推しが努力して大学に入ったことに感銘を受け、自分たちもこれから大学受験をすべきだと声高に主張。しかも、実際に受かってしまったら危険ヲタになってしまうので、即退学するのだと言う。ちょっと極端な例を挙げ過ぎたが、当然、誰かに迷惑をかけるわけでもない。むしろ、ヲタの情熱や行動力、プライドには頭が下がるばかりだ。

 先日21歳で芥川賞を受賞した宇佐見りんの『推し、燃ゆ』は書名の通り、主人公が推していた男性アイドルがファンを殴るシーンもある小説だ。宇佐見はラジオ番組で、自分も8年推し続けている俳優がいることを告白。そして、テレビ番組がヲタをキワモノ扱いすることに反感を覚えたという。宇佐見の『推し、燃ゆ』は人生を懸ける「推し」への敬意に溢れる傑作だ。

 最後に告白しておくと、私もまたハロプロも含めたアイドル現場をハシゴしている時期があった。3年ほど前になるだろうか。握手会に並び、チェキ写真撮影をしてもらったのはいい想い出だ。だが、アイドルの旬は短い。推していたアイドルは卒業や脱退を繰り返し、その度に私もうちひしがれてきた。さすがに辛かった。

 最近では例外も散見されるが、アイドルは男女交際が明らかになったり、結婚したりしてアイドルを卒業することもある。それが怖くて、最近は現場から遠のいている。以前、ももいろクローバーZやPerfumeのリミックスを手掛けていたtofubeatsにインタビューした際、その話題になった。アイドルだって確実に歳を取るし、結婚するし、永遠なんてないんだよという事実を、自分も皆も分かっておこう。そう彼は言った。

 いや、アイドルだけではない。クラブやライヴハウスにも同じことが言える。深夜に集まってアルコールを飲んだり踊ったりしていても、この享楽は朝になればあっけなく終わる。そして皆は何事もなかったかのように日常に戻ってゆく。余談だが、小沢健二はライヴの終わりに、「日常に戻ろう」とひとことだけ述べてステージを去る。小沢もまた、夢が永遠には続かないことを知悉しているのだろう。

 話が逸れてしまったが、本書にはナンセンスSFとでも言うべきパートが設けられている。このパートだけ本書の中で浮いているように思えるが、ハロプロ、特にモーニング娘。を溺愛するヲタには面白く読めるはず。箸休めとまでは言わないが、ハロヲタたちを普段とは異なるアングルから見られるのが嬉しいところだ。

文=土佐有明