「犯人」が死んだときすべての動機が明らかに…就活を舞台に繰り広げられる究極の心理戦『六人の嘘つきな大学生』

文芸・カルチャー

公開日:2021/3/2

六人の嘘つきな大学生
『六人の嘘つきな大学生』(浅倉秋成/KADOKAWA)

 これは、心の奥で味わうミステリ小説だ。『六人の嘘つきな大学生』(浅倉秋成/KADOKAWA)は、そんな気持ちになる作品だった。ドキドキハラハラさせられるだけでなく、骨の髄まで文が沁みこんできて、ページをめくる手が止まらなかったのだ。

 本作は今、大注目の作家・浅倉秋成さんの新作。第13回講談社BOX新人賞Powersを受賞してデビューした浅倉さんは、2019年に発表した『教室が、ひとりになるまで』(KADOKAWA)が、第20回本格ミステリ大賞と、第73回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門にWノミネートされ、ミステリ界をざわつかせた。思春期ならではの「こじらせ」を描くことや個性あふれるキャラクターの造形に長けており、鮮やかな伏線回収にも賞賛の声が寄せられている。

 そんな鬼才がこの度テーマに選んだのが、「就活」という人生の一大イベント。ミステリ要素を交え、内定を手にしようともがく6人の若者たちの姿を描き切った。

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最終選考に残った6人の就活生に「罪」を記した告発文が…

 若者に大人気のSNSを運営するIT企業「スピラリンクス」は50万円という破格の初任給を提示し、初めて新卒採用を開始した。集まった応募者は、5千人以上。その中から最終選考に残ったのは、波多野祥吾ら6人の就活生。

 彼らに与えられた課題は1カ月後の最終選考日までに互いのことを隅々まで理解し合い、6人でひとつのチームを作り上げ、ディスカッションを行うこと。ディスカッションの内容がよければ、全員に内定が出される可能性もあると告げられた。

 異例の選考方式を聞いた6人は戸惑いつつも協力し合い、全員で内定をつかみ取ろうと奮闘。赤の他人同士であった学生たちは、ぶつかったり歩み寄ったりしながら絆を深めていく。

 そんな「青春」とも呼べるストーリー展開は、最終選考の方法が変わったことで一変。直前に採用枠が変更され、グループディスカッションでひとりの内定者を議論して決めなければいけないことに…。仲間だった6人はライバルになってしまった。

 複雑な気持ちを抱えつつ、迎えた最終選考当日。6人は与えられた会議室で互いのいい面を褒めつつ、投票を行い、内定者を選ぼうとしていた。ところが議論中に、それぞれの名前が記された6通の封筒を発見したことで内定者選びは殺伐としたものになっていく。なぜなら、封筒の中には各々がこれまでに犯してきた罪を明らかにする告発文が入っていたから。

 このアンフェアな告発により、善人で優秀に見えていた6人の印象は一転。互いが互いのことを信じられなくなり、会議室という密室でドロドロとした心理戦が繰り広げられていく。犯人は一体、誰なのか。そうドキドキしつつ、ページをめくった先で、読者は想像以上の衝撃を得るだろう。

 本作は、読み進める度に作品に対する印象がどんどん変わっていく、不思議なミステリ。「犯人」が死んだ時、すべての動機が明かされるという点も斬新で、就活を題材にしているからこそ、仮面を被り続けなければ選ばれない理不尽な社会に対して憤りを抱いたり、人に評価を下すことの難しさを痛感させられたりもする。

“誰もが胸に『封筒』を隠している。それを悟られないよう、うまく振舞っているだけ。”

 読了後、この台詞はあなたの胸にどう響くだろうか。ぜひ、あの頃の自分にも思いを馳せつつ、犯人を予想してみてほしい。

文=古川諭香