誰にも言えない話ができる「深夜薬局」は、新宿・歌舞伎町で働く人たちの体と心の休憩所

暮らし

公開日:2021/3/13

深夜薬局 歌舞伎町26時、いつもの薬剤師がここにいます
『深夜薬局 歌舞伎町26時、いつもの薬剤師がここにいます』(福田智弘/小学館集英社プロダクション)

 人間のあらゆる欲望を満たしてくれる新宿・歌舞伎町は「不夜城」とも呼ばれる歓楽街。この街のど真ん中には夜8時に開き、翌朝の9時まで営業する一風変わった深夜薬局がある。

『深夜薬局 歌舞伎町26時、いつもの薬剤師がここにいます』(福田智弘/小学館集英社プロダクション)は、そんな唯一無二であろう「ニュクス薬局」にスポットを当てた書籍。誰にも言えなくて、誰かに言いたい本音を受け止めてくれるニュクス薬局は、歌舞伎町の保健室となっている。

■夜の街で生きる人たちの声に耳を傾ける「深夜薬局」

 通常、薬局は薬を処方してもらったり、市販薬を購入したりする場所。だが、ニュクス薬局にはただ話をしに来るだけのお客さんも多く、中には壮絶な身の上をカミングアウトする人もいるよう。たったひとりでお店を切り盛りしている薬剤師の中沢宏昭さんはどんな時もお客さんの話をじっくりと聞き、心に寄り添う。

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 妻子ある男性の子どもを身ごもったキャバ嬢の決断や、解離性同一症に苦しむガールズバー店員の話など、本作には中沢さんとお客さんの交流が全10話描かれているのだが、各エピソードからは夜の街で生きる人たちにとって中沢さんの存在がどれほど大きいのかがうかがい知れ、胸が熱くなる。

 中でも驚かされたのが、獄中にいる元キャバ嬢から手紙が届いたという話。彼女は手紙で自分の無実を訴えてきたのだそう。そこで中沢さんは、やりとりを交わすことに。無実の訴えはもちろん、自分の気持ちを伝えたい、誰かと言葉のやりとりをしたいという彼女の想いも受け止めた。

 その手紙には、「わたしたちの居場所をつくってくれて、ありがとう」という感謝の言葉もしたためられており、女性は出所後、お店にあいさつにも来たという。

 刑務所から受刑者が出せる手紙は基本的には、1カ月4通(半年問題なく過ごすと5通)。1回につき2通まで、1通につき7枚までといった厳しい制限がある。にもかかわらず、彼女は家族でも友人でもなく、「よく通っていた薬局の薬剤師」に手紙を出し続けた。ニュクス薬局はこの街で暮らす人々にとって、単なる薬局ではないのだ。

 お客さんの話をじっくりと聞くことは、薬剤師にとって必須な業務ではない。利益が増えるわけではないし、むしろ客の回転率は下がる。だが、中沢さんは話を聞くことも薬剤師としては当たり前のことだと思っており、売上よりもお客さんの心身を救うことを重視している。

 話を聴く時、基本的にはアドバイスはしない。その場しのぎの慰めを口にしたり、社会的に正しそうな答えを押し付けたりもせず、最終判断は本人にゆだねる。

 だが、本当に必要な時には親身に助言。例えば、コロナ禍で仕事を失い、困り果てていた人たちには各種助成金の貰い方を教えたり、昼職への転職相談にも乗ったりしたそう。ひとりの人として向き合い続けてくれる薬剤師がいるからこそ、ニュクス薬局は多くの人から愛されているのだ。

 夢や自由、居場所を求め、この街に流れ着いた人たちにとってニュクス薬局は何にも代えられない、大切な場所。本書には、お店が歌舞伎町に馴染むまでのヒストリーや中沢さんの想い、行っているユニークなサービスなども記されているので、ぜひそちらもチェックしながら深夜医療の大事さについても考えてみてほしい。

 体と心、両方の健康を守るニュクス薬局は、奮闘し続けている人たちがホっと一息つける人生の休憩所でもあるのだ。

文=古川諭香