特別養子縁組を選択し、育てることをあきらめなかった夫婦の決意

暮らし

公開日:2021/3/19

産めないけれど育てたい 不妊から特別養子縁組へ
『産めないけれど育てたい 不妊から特別養子縁組へ』(池田麻里奈、池田紀行/KADOKAWA)

 政権発足直後、菅首相は厚生労働省に不妊治療をめぐる助成の大幅な増額を早急に実現するように求めたというニュースが報じられた。不妊の当事者や経験者にとっては歓迎される一方で、医療界からは高齢出産のリスクを勘案した年齢制限の必要性も指摘されているという。紹介する『産めないけれど育てたい 不妊から特別養子縁組へ』(池田麻里奈、池田紀行/KADOKAWA)は、10年以上続けた不妊治療と流産・死産を経験したのち、妻44歳・夫46歳のときに養子を迎えるという選択をした夫婦の物語だ。

 人生には様々な選択肢があり、「結婚するかしないか」というのも重要な分かれ道ではあるが、「子どもを持つか持たないか」という選択も結婚と同様にその後の人生を大きく左右する。

 「子どもを持つか持たないか」と書いたものの、より厳密に妊娠・出産に関していうならば「子どもができるかできないか」であり、選択が全てではなく、運・タイミング・体調・体質といった様々なファクターが絡んでくる。望まない形での妊娠・出産というのもある。

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 著者夫婦は「出産によって子どもを持てなかったので、養子で子どもを持つ」という選択をしたわけだが、そもそも、ある夫婦に子どもがいないとした場合に、下記のどの状態なのかはある程度親しくないと知ることが難しい。

 ・子どもがほしいけれども、できない(産みたいけれども産めない)
 ・子どもがほしいけれども、まだ先でいいと思っている(産めるけれども産まない、産めないかもしれないけれどもまだ産まない)
 ・子どもを産みたくない、持ちたくない(主体的に産まない選択をする)
 ・妊娠したけれども、産めなかった(流産・死産)

 本書は夫婦による共著で、主に不妊ピア・カウンセラーとして活動している妻によって書かれていて、各章末にデジタルマーケティング会社の経営者である夫によって書かれたコラムが入る構成になっている。ピア・カウンセリングのピア(peer)とは英語で「仲間」を意味し、アドバイスというよりも、対等な立場で相談に乗ってそっと背中を押す形で後押しすることが基本だそうだ。書中のトーンもやはり「仲間」に向けられているかのような穏やかさが伴っており、高額で場合によっては全身麻酔もありながら、成果が確約されているわけではない不妊治療の身体的・精神的ハードさが淡々と綴られている。加えて、死産した直後など、つらすぎて抜け落ちてしまっている部分は夫のコラムによって補完されている。

病院に着くと、看護師に手を握られながら横になっている妻が、泣きじゃくりながら「ごめんなさい。ごめんなさい」と繰り返しています。僕は「大丈夫だよ。大丈夫だよ」と言ってあげることが精一杯でした。

 しかし、本書は「不妊治療にあたる夫婦や流産・死産経験者のつらさを皆に知ってほしい」というモチベーションで書かれているわけではない。血の繋がりがなくても子どもに愛情を持てることが書かれているが、養子縁組をすることの素晴らしさを説いているわけでもない。ごく単純に、不妊に悩んでいても、不妊治療の末に出産を諦めたとしても、「人生は人生だ」ということが表現されている。

 ある箇所で、死産を経験した著者が「死産の前の自分にどのように戻ることができるか?」と医師に問い「元には戻れなく、死産を経験した者として生きていくことになる」と断言される場面が描かれている。これはどんな人生でも同じことだ。ある選択をして、それをした場合としなかった場合がどう違うのかは永遠にわからない。「不妊治療・養子縁組の本」としてだけではなく、より
広く人生論として、多くの読者の方に本書に秘められた「一歩踏み出す勇気」に触れてもらえたらと思う。

文=神保慶政

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