「もうひとり、彼女ができたんだ」――恋人からのまさかの告白に仰天。“結婚適齢期”の女性が辿りついた「愛の果て」

文芸・カルチャー

公開日:2021/3/18

炭酸水と犬
『炭酸水と犬』(砂村かいり:著、宮原葉月:絵/KADOKAWA)

「結婚適齢期」と呼ばれる年齢になると、心が暗くなることが多い。恋人がいないと焦りを感じ、誰かと付き合っていても「いつ結婚できるだろう」とヤキモキしてしまう。

 こうしたデリケートな時期に、一生添い遂げたいと思っていた恋人から「他の女性に恋をしている」と打ち明けられたら、あなたはどうするだろうか。

『炭酸水と犬』(砂村かいり:著、宮原葉月:絵/KADOKAWA)は、そんな斬新な切り口から、結婚適齢期の女性ならではの迷いや絶望をリアルに描いた恋愛小説。本作は、第5回カクヨムWeb小説コンテスト恋愛部門で〈特別賞〉を受賞。ここには、たったひとりの人を愛し続けることの重みが描かれている。

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9年付き合っている恋人から「もうひとり彼女ができた」と言われて

 “アサミといると、俺の知らない音楽が聞こえてくるような感じなんだ”恋人・小平和佐からそう打ち明けられ、大きなショックを受けた。

 恋人関係を終わらせたいわけではないけれど、ただもうひとり、どうしても付き合いたい人がいる。キスもセックスも外泊もしないから、自分の心の動きを見守るために週に何度かは逢わせてほしい。和佐はそんな身勝手な要求を突き付けてきた。

 29歳というデリケートな時期に、誰よりも大切な人の心に自分ではない人が住みついてしまったという悲しみは大きかったが、和佐を憎み切ることもできず、由麻はひたすら苦しむ。

 やがて、由麻は和佐から打診され、「彼女」と対面することに。ピンク色の髪をしたもうひとりの彼女・アサミは、豪快で自分の気持ちをストレートに表現するタイプ。恋人が惹かれた相手の顔、名前、人となりを知ってしまったことにより、由麻は日常の中でさらにアサミを意識するように。変わってしまった日々の中で、心はどんどんバラバラになっていく――。

 信じていた未来が突然壊れてしまう恐怖と、自分たちの間にじわじわと入り込んでくるアサミへの嫌悪感。それらが丁寧に描かれているからこそ本作には妙なリアリティがあり、読み手の心もざわつく。

 作中、特に苦しくなったのが、由麻が和佐に自分とアサミのどこが好きなのかを尋ねるシーン。言葉遣いが綺麗、優しい、笑いのツボが合うなど、和佐は由麻の好きなところをたくさんあげるのだが、アサミに惹かれた理由は上手く言語化できない。

“アサミといると、俺の知らない音楽が聞こえてくるような感じなんだ”

 説明できないほど、深い部分で彼女に惹かれている……。そう知った時の由麻の絶望に胸が痛むと共に、もし自分ならこの恋人関係にどんな終止符を打つだろうかとも考えてしまった。

 たとえ、再び自分だけのものになったとしても「他の人に惹かれた」という事実は一生消えず、元通りの関係には決して戻れない。そう分かっているけれど、そんな愛の形に直面した時、一体どれだけの女性が「次がある」と恋人を見切れるだろうか。

 出産のリミットや相手に費やしてきた時間、また一から恋愛する覚悟など、様々なことを考えると、別れが怖い……。結婚適齢期というデリケートな時期、私たちはそう思い、なかったことにできないのに、自分の感情に蓋をして、妥協や我慢という道を選んでしまうこともあるだろう。

 そんな風に諦めながら恋愛をしている方にこそ、本作を手に取ってほしい。アサミの出現によって、自分の気持ちとじっくり向き合った由麻の最終結論は大人女子に響く。「そうだ、愛ってこういうものだった」と気づかされ、いつのまにか恋愛ごっこをするようになった恋人と、もう一度向き合う勇気も湧いてくるはずだ。

 本作は恋人への愛情を吟味するきっかけを授けてくれると共に、自分の本音に気づかせてもくれる新世代の等身大ラブストーリー。和佐がどちらの彼女を選ぶのかにも注目しつつ、意外な結末から人を愛する難しさと尊さを学んでほしい。

文=古川諭香

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