今月のプラチナ本 2012年9月号『最果てアーケード』 小川洋子

今月のプラチナ本

更新日:2012/8/9

最果てアーケード

ハード : 発売元 : 講談社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:小川洋子(小説家) 価格:1,620円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『最果てアーケード』

●あらすじ●

小川洋子が、「BE・LOVE」連載のコミック(有永イネ/画)の原作として初めて書き下ろした小説が待望の書籍化。「誰にも気づかれないまま、何かの拍子にできた世界の窪み」のような、世界で一番小さなアーケードで少女は生まれた。16歳のときに町の半分が焼ける大火事があり、近所の映画館にいた父は死んでしまう。それから町の再開発は進み、少女は焼け残ったアーケードで変わらず暮らしている。客の少ないアーケードで扱われている品は、衣装の端切れ、使用済みの絵葉書、義眼、遺髪のレースなど、風変わりなものばかり。個性的な店主たちと、不思議な品物を買いに来る客たち。ひとりの少女と、愛するものを失った人々が交差する、切なくも美しい記憶のかけらの物語。

おがわ・ようこ●1962年岡山県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。88年に「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞。91年「妊娠カレンダー」で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞・本屋大賞、04年『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、06年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞を受賞。ほかの作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『原稿零枚日記』『人質の朗読会』などがある。

講談社 1575円
写真=首藤幹夫 
advertisement

編集部寸評

どこかに行ってしまう人と物

1行目を読んだだけで、くらり、と視界が揺れた。“そこは世界で一番小さなアーケードだった。”あまりに抽象的なアーケード、だからこそ一気に期待がふくらむ。そしてアーケードのあり様を、静かに、しかし確かに描く言葉が立て続けに現われ、ほんの1ページも読み進めないうちに私はアーケードの中に引き込まれていた。そこにはさまざまな品が並べられているが、濃密なのは存在よりも喪失のにおい。ここに物がある、ということ以上に、これを持っていた人・作った人はどこかに行ってしまったという喪失感が漂っている。それは多くの小川洋子作品に共通する気配だが、何度でも読みたいものだし、本作ではとくに堅く小さく結晶しているように思える(小説とは異なる制約のある、マンガ原作だったからかもしれない)。今、いる。いずれ、いなくなる。そのさかい目に触れたくて、触れられなくて、読み続けてしまう小川作品の魔力が一際あざやかな一冊。

関口靖彦本誌編集長。有永イネさんによるマンガ版を先に読んでいて、これは小川さんの小説版も読みたい!と思っていた。どちらのアーケードも、おすすめします

遺された物々の中に希望を見る

すごく素敵なタイトルだと思った。生と死のあわいの場所としてのアーケード。生者が死を受け入れるための空間。使い古しのレースで誰が着る予定もない舞台衣装を作り続ける年老いた衣装係さん、亡き娘が愛した百科事典をまるごとそのまま写しとる紳士おじさん、ラビトの目を探し続ける兎夫人、自分宛の絵葉書を出し続ける雑用係のおじいさんなど、登場する人々はそれぞれに死と隣合わせで、ある種の悲しみを抱えている。死の痛みというのは、つくづく遺された生者のものだということがわかる。故人の想いをモノに映し喪失感を埋めようとする人々、物々の在り方が美しくて、愛しんできた人との関係が温かくて、たくさんの悲しみを携えた物語なのに、ここにはたしかに希望がある。小川洋子的世界観に魅せられる作品。どんな人生にも意味があり、そこに寄り添うものの存在を信じられる一冊である。酒井駒子さんの装画は、読後、見返すとさらに味わい深い。

稲子美砂カキ氷の季節到来! 台湾出張で食べたマンゴーカキ氷で、カキ氷熱が一気に上昇。今年はいくつ食べられるかな? 目標20個。美味しいお店の情報収集中です

亡き人の魂が宿った物たちの話

たとえば家族、飼い猫、子ども。そのどれ一つでも、失うことを想像するだけで涙がこぼれる。生きているものは必ず死ぬ。しばらくは愛する誰かの記憶の中に生きることが許されても、それもいずれ無くなる。けれど物は残る。朽ち果てるまで。廃鉄道や廃墟が、大事な時代の記憶を我々に訴えてくるのと同じだ。小川さんが描いた品物たちは大きなものではない。むしろ日常の中でどうでもよいものとして放捨されるようなものばかりだ。小川さんは描く。その物に宿った魂が、静かに密やかに語りだすのを。一度聴いたら放ってはおけない、溢れんばかりの愛の物語を。私たちは日常の中で、新しいものばかりを選んで暮らしている。けれど、物語はそこにはないのだ。魂の物語は、人々の気持ちが入り、連綿と大事にし続けたものにこそ宿るのだ。今回の作品は、短編集だからこそ濃厚で、小川さんのメッセージが凝縮されているように思う。最高傑作だと思う。

岸本亜紀小野不由美さんの『鬼談百景』大増刷出来ました! 未読の方、絶対面白いです! 怖いです! 8月24日加門七海さん『鍛える聖地』光と闇の12聖地、発売。お楽しみに

死も幸せも隣り合わせの世界で

人が生きていくうえでおこなう営みの多くは突きつめれば鎮魂の儀式なのではないか。そう感じた。過去を思い、傷をなめ、死を悼む。なくなったものの無念や、打ち消すことのできない事実。ほうっておくと、どんどん積もっていくばかりの死のかけらを、ひとつひとつ昇華させるかのごとく、アーケードの人々は粛々とものと向き合う。失った時間の記憶を、思い出すのもつらい悲しい出来事として塗り固め、止まった時間のなかでだけ生きるには、世の中は死であふれすぎている。生きていると死は増えていくばかりだ。だけどRちゃんによると、この世界では、「し」ではじまる物事が一番多く、世界の多くの部分を背負っているのだ。過去を思うとき、痛みの向こうに、あの日の笑顔や、幸福な時間も、一緒にある。「死」も「幸せ」も世界を背負っているのだ。痛みのほうが強いからこそ、小さな幸せのかけらを大切に、慈しんで生きていけたら。そう思った。

服部美穂本誌副編集長。ほしのゆみ『チワワが家にやってきた♥』3巻好評発売中! 犬と一緒に楽しむ伊豆観光ガイドにオット監修公園データまで、お役立ち情報が満載!!

マンガ版との併読も面白い

古ぼけたアーケードに軒を並べる奇妙な店々。客商売ならば当たり前のように繰り返す出会いと別れ。そのひとつひとつには物語が詰まっている。配達人の主人公を通して見える、ささやかなすれ違いの儚なさが切なく響く連作短編集だ。本作は当初、マンガの原作として書かれた。小説とはひと味違う雰囲気を堪能できるマンガ版は、個性的なキャラクターたちが有永イネさんによってまぶしいほどに生き生きと描かれる。併せて読めば物語の愉しみも倍増することだろう。

似田貝大介小野不由美特集で、マンガ版『最果てアーケード』の有永イネさんに『鬼談百景』から「お気に入り」を描いていただきました

世界は自分のなかにある

誰かの記憶に残った言葉が、その言葉の持ち主の思い出とともに輝きを放つ。ひとりの少女とアーケードを行きかう人々が交差するこの物語には、全編を通して人やものを慈しむ気持ちが丁寧に描かれている。印象的なのが「百科辞典少女」のRちゃんの言葉。「この世界では、し、ではじまる物事が一番多いの。し、が世界の多くの部分を背負ってるの。」小さな女の子が見つめる世界は、とても自由で無限だ。自分にとって大切なものが何かを、そっと教えてもらった気がした。

重信裕加鈴井貴之、大泉洋、TEAMNACSらが所属するクリエイティブオフィスキューの本『CUEのキセキ(仮題)』が11月刊行予定です!

物を慈しむ人々の物語

「百科事典少女」に登場するRちゃんがかわいい。百科事典への向き合い方が真剣すぎて。全10巻もある百科事典の項目を一つ一つ、飛ばすことなく丁寧に読んでいく。その描写がなんとも愛らしいのだ。小学生の女の子が夢中になって事典を抱え込みながら読んでいる様子を想像するだけで、幸せな気分になる。だからこそ、その後の“紳士おじさん”がせつない。「あの時、百科事典を買っておいて本当によかった」というアーケードの大家さんの言葉が心にしみた。

鎌野静華「たりないふたり」の山里さん若林さんに取材。ラジオを聴いているような、テンポのよいお二人のやり取りを直に聞けて幸せ

そこに在ることが救いとなる

枕元が物だらけである。自分の話です。大抵、読みかけの本やらがぐちゃぐちゃあるのだが(たいへん嫌がられる)、それ以外の増殖が近年ひどい。しかも、メモとか、小間物とか、切れっ端みたいな物。なぜかはともあれ、それらが放つ気配に随分助けられている。本書にも通底して響く、品物が持つ永遠性とそのやさしさ。「そこは世界で一番小さなアーケード」「何かの拍子にできた世界の窪み」。そういう場所を想うことが、救いのほうを向いた美しい祈りのように感じた。

岩橋真実短歌から生まれる不思議で怖い小さなおはなしを集めた『うたう百物語』発売になりました。『視えるんです。3』も間近です

最果ての向こう側

茫漠と死のイメージが漂う最果ての袋小路に底知れない奥行きが感じられるのはなぜか。読みながら私が思い出したのは、幼い頃に祖母からもらった手縫いの小物入れだ。私はそれに鍵や小銭を入れ、首から下げた。やがて祖母と離れて暮らすようになっても、真っ白な小物入れを開ける度に祖母と共有した時間は質感をもって蘇った。大切にされることで物には記憶が宿る。そして記憶とは時空を超えて人をつなぐ絆だ。偏愛的な店主が集まる袋小路は絆で満ちて宇宙より広い。

川戸崇央真夏の高校球児はカッコイイ。懸命にボールを追いかけ、一球一打に入魂! 栄養補給にも入魂!! でも太らない。ニクい奴らです

証があれば生きていける

ずっと夢をみているような感覚。物悲しさが混同し、また終始、死の臭いが漂っていた作品だった。舞台は世界一小さなアーケード。そこで売られているものは、一見誰も振り向かない、奇妙なものばかり。けれど、さまざまなお客さんがそれらを求めてアーケードを訪れる。個性的な客とその商品に纏わる背景が明かされていくが、それは想い出の数々。実際、人は記憶や生きた証がなければ生きてはいけないのだ。残された者の記憶のかけらの物語は、とても美しかった。

村井有紀子次号、村上春樹特集に向けて取材の毎日。出張の私を傍目にフェスにいった川戸↑にイラついていたら、井戸に落ちる夢をみた

言葉の力を感じる幻想小説

美しいのに悲しい。輝いているのに儚い。本書を読むと仄暗い感覚が増していく。読み終える頃には胸に砂が溜まったように苦しいのは、物語が向かうテーマのせいなのか、描写のせいなのか。レースや百科事典、義眼、絵葉書など、アーケードの店のどこか埃っぽい商品を題材にとった話は、さっぱり書いてしまえば絶望的で悲しい。それでも、各編がきれいで、おいしそうで、あたたかいのは著者の圧倒的な筆力によるものだと思う。現実を忘れて言葉に酔いたい人におすすめ。

亀田早希寝る前に同じマンガを読み返す癖が抜けません。ほぼ反射的にやって、毎回ソファで朝方はっと目覚めて後悔。早く矯正したいです

過去のプラチナ本が収録された本棚はコチラ

読者の声

連載に関しての御意見、書評を投稿いただけます。

投稿される場合は、弊社のプライバシーポリシーをご確認いただき、
同意のうえ、お問い合わせフォームにてお送りください。
プライバシーポリシーの確認

btn_vote_off.gif