【コラム】放送から8年を経てもなお、『翠星のガルガンティア』が輝きを失わない理由

アニメ

公開日:2021/4/2

翠星のガルガンティア
『翠星のガルガンティア』 Ⓒ オケアノス/「翠星のガルガンティア」製作委員会

  この作品と出会ったのは、偶然だった。取材で訪れたイベント(「アニメ コンテンツ エキスポ 2013」)で、たまたま第1話と第2話を収録したBlu-ray Discが無料配布されていたのである。

 当時、アニメのイベントに行くと、持ちきれないほどのチラシやパンフレットが配布されていたが、Blu-ray Discの配布をしているタイトルはほとんどなかった。大盤振る舞いである。この作品が、とてつもなく力の入っているものなのだと、そのプロモーションでよくわかった。自宅へ戻ると、期待感とともに無料配布のBlu-ray Discを再生した。第2話まで観た時点で、この作品が傑作だということがわかった。

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 はるか未来、はるか彼方の宇宙で戦争に参加していた主人公レドは、戦闘中にロボットとともに漂流することになってしまう。彼らがたどり着いた場所は、翠色の海に浮かぶ巨大な船の上。彼らは水没した地球にいたのだ。主人公とロボットは、船の上で暮らす原住民の人間たちとコミュニケーションをとり、少しずつ交流を深めていく。やがて、彼らは自分たちと地球の関係を知ることになる――。

 レドは軍の規律のもとに長年生きてきた少年兵。軍から離れたことで規律から解き放たれ、自らの意志ですべてを判断しなくてはいけなくなった、ひとりの男の子である。いわば、学生生活を終えたばかりの新社会人のような存在だ。導いてくれるものがいなくなった世界で、彼はときに間違うこともあるし、やりすぎてしまうこともある。だが彼は失敗を重ね、過ちを正すことで、自分なりの価値観や美意識を育み、自分の判断で生きていく。その過程を、本作は水没した地球の船上生活という舞台装置を使って丁寧に描いていく。夜空に光る星に望郷の念を抱きつつ、希望を失わずに生きていく少年の姿は美しい。

 無料配布のBDで第2話まで観たあと、オンエアがはじまると第3話以降も食い入るように観続けた。驚いたのは中盤での展開だ。物語の中盤に入って、この作品は大きな展開を見せる。

翠星のガルガンティア

翠星のガルガンティア

翠星のガルガンティア

 主人公たちはある事件をきっかけに、長年信じていたある価値観が実は間違っていたという事実に直面する。端的に言えば、敵だと思っていた存在が、実は違ったということを知ってしまうのだ。幼いころから信じていたことが間違っていたと知ったときに、人はどうするのか。これまでの人生が否定され、寄って立つものがなくなった時に、人はどうやって立ち上がるのだろうか。

 当時のネット上は『ガルガンティア』の展開が大きな話題となっていた。この物語を手掛けたのは『魔法少女まどか☆マギカ』や『OBSOLETE』で脚本を務めた虚淵玄。彼のつむぐ物語は、ときにバッドエンドともいうべき壮絶な展開が描かれることがある。もしかしたら、この作品や、レドの運命も、とんでもないことになるのではないかと、大型掲示板やまとめサイトでは大騒ぎになっていたのだ。

 だが、この作品が素晴らしいのは、ここからだった。少年レドは捻じれず、曲がらず、間違った価値観を自力でちゃんと更新していったのだ。間違った価値観にこだわって狂った王になるのではなく、間違いを認めるひとりの少年として行動していく。

 まるでウィリアム・ゴールディングの小説『蠅の王』のような風格のある、堂々たる物語と言ってもいいだろう。スタジオジブリ出身で『コードギアス 反逆のルルーシュ』で副監督を務めた村田和也が、価値観のどんでん返しを得意とする虚淵のストーリーテリングを見事にまとめた、まさにアニメ作品ならではの共同作業で生まれた一作と言えるだろう。

 あれから8年が過ぎた。このたび『翠星のガルガンティア』本編の後日譚を描いたOVAと、その後の物語を描いた小説を収録した、まさに「『ガルガンティア』のすべて」が詰まったBlu-ray BOXが発売となった。このBOXには、谷村大四郎による新規書き下ろし小説と未収録だった幻の前日譚小説「宇宙(そら)からの訪問者」も収録されているという。こういった商品展開ひとつとっても、『翠星のガルガンティア』がただ消費されてしまう物語ではなく、長い時間を超えて愛されるべき名作であることが、伝わってくるのだ。

 いつまでも色褪せない名作として、8年前のイベントでめぐり合った偶然に感謝しつつ、この作品を愛し続けていきたいと思う。

文=志田英邦