細胞が燃え上がるほどに惹かれる隣人と、自分をずっと好きだったという初体験の相手……三角関係ラブにキュンキュンする恋愛小説『アパートたまゆら』

文芸・カルチャー

公開日:2021/3/30

アパートたまゆら
『アパートたまゆら』(砂村かいり:著、いわしまあゆ:装画/KADOKAWA)

 人は一生のうち、何度「心から欲しい」と願う人に出会えるのだろうか。相手のふとした表情や声を思い出すだけで顔がほころび、胸の中に温かいものがこみ上げてくる……。そんな本気の恋を私たちは、あと何回できるのだろう。

 そう感じさせる『アパートたまゆら』(砂村かいり:著、いわしまあゆ:装画/KADOKAWA)は、恋愛の意味を考えるようになってしまった大人女子にこそ刺さる恋愛小説だ。

 本作は第5回カクヨムWeb小説コンテスト恋愛部門の〈特別賞〉受賞作。西武線沿線を舞台に繰り広げられる甘酸っぱい恋愛模様から、読者は誰かを好きになる尊さを学ぶ。

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惹かれた相手は隣人…27歳で知った本気の恋

 10月半ばのとある夜、潔癖症の会社員・木南紗子は友人との飲み会から帰宅した時、家の鍵を店に忘れてきたことに気づく。途方に暮れていると、先月、隣の部屋に越してきた琴引泰而から声をかけられ、彼の家に泊めてもらうことに。

 副業でライターをしていることや香料会社で働いていることなど、琴引のことを知る中で、紗子は彼の言葉や声、容姿、挙動、雰囲気など、そのすべてに惹かれている自分がいることに気づく。

 恋なんて命を賭すほどの価値もないと思っていたのに、琴引に対する感情だけは別。

“このひとが好き。誰かに対してこんなに心が震えるのは初めてかもしれない。胸の奥にある湖の水面が揺れている。”

“二十七歳にして初めて抗えない引力で惹きつけられることになるなんて、思いもしなかった。全身の細胞がたったひとりのために燃え上がっているような、この感覚。”

 そう胸を焦がしている時、同級生で初体験の相手・久米海星から突然、連絡が。8年半ぶりに再会した久米は「ずっと好きだった」と長年温めてきた思いを紗子に告げる。細胞が燃え上がるほど好きな人との出会いと、自分のことを好きな相手との再会…。果たして、紗子の恋はどんな結末を迎えるのだろうか――。

 本作は本気の恋を知らなかった主人公がひとりの男性に惹かれ、恋心を募らせていく感情描写が美しい。読み進めていると、自然と頬が緩んでしまう。けれど、ただ甘いだけではなく、知りたくない情報が目や耳に入ってしまう「隣人」という距離感の残酷さや、近いのに他人同士というもどかしさもリアルに描かれている。だから、読者は紗子と琴引が心の距離を近づけていく過程によりキュンとする。

 琴引と久米がまったくタイプの違う男性であるという点も熱い。少女漫画のような三角関係ラブの行方が気になり、ページをめくる手がとまらなくなる。

 ひとりの人を本気で好きになった時に生じる、もどかしさや歯がゆさ、弱さ…。紗子の心境を通してそれらに触れると、読者も自分がしてきた恋や今の恋愛に思いを馳せたくなるだろう。

 胸を焦がすほどの恋は、人を弱くも強くもする。そんな恋にもし巡り合えたら、自分ならどうするだろう……。そう考えながら、ぜひ「アパートたまゆら」で生まれた恋の結末を見届けてみてほしい。

文=古川諭香

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