冤罪、いじめ、犯罪者の家族の苦悩…現役の報道キャスターだから描ける社会派エンターテインメント

小説・エッセイ

更新日:2021/4/16

蝶の眠る場所
『蝶の眠る場所』(水野梓/ポプラ社)

 何気なくテレビをつけたら流れていた深夜のドキュメンタリー番組。いじめ、孤独死、労働問題、原発問題、戦争…ゴールデンや通常のニュース枠では難しいテーマ性とつっこんだ取材が静かに告発する「社会の実相」に、しばしば驚かされて考えさせられた…そんな経験があなたにもないだろうか。このほど登場した小説『蝶の眠る場所』(水野梓/ポプラ社)は、そんな深夜ドキュメンタリー番組の女性記者が主人公。それらの番組さながらに、冤罪/死刑/いじめ/犯罪者の家族の苦悩/母子家庭…さまざまな問いを読む者に静かに突きつける社会派エンターテインメントだ。

 テレビ局の報道記者・美貴がひとり息子の2歳の誕生日を祝う最中、「町田の小学校の屋上から10歳の男の子が転落した件で取材に向かえ」と上司からの指示が入る。「まま、行っちゃやだ!」と叫ぶ息子の声を振り切り取材に出た美貴は、「いじめによる自殺」を疑い少年が運ばれた病院に向かう。そこで出会ったのは、茫然自失の様子で「大河は殺された」とつぶやく少年の母親・結子。心にひっかかりを覚えた美貴は、これ以上結子を傷つけないように慎重に取材をすすめる。実は結子の養父・武虎は約20年前に起きた母子殺害事件の犯人として逮捕、無実を訴え続けたものの極刑に処されていた。その心労で養母は亡くなり、自身も心神喪失で入院する。事件現場が近いためか大河が三度転校しても誰かが武虎の話を知っていていじめはついてまわり、それでも養父の冤罪を信じて大河と2人で生きてきたと明かす結子。折しも後輩のミスをかばい、ニュース報道の現場から予算の少ない深夜ドキュメンタリー制作に異動した美貴だったが、その枠だからこそできる粘り強さを信じ、武虎の「冤罪」に向き合うことを決意するが――。

 実は著者の水野梓さん(筆名)は、様々な分野の取材に精通した現役の報道キャスターであり、過去にはドキュメンタリー枠のディレクター担当の経験もあるリアルな「現場の人」だ。そのため報道現場の事情や取材する側の心情、マスコミと権力の関係などのリアリティが抜群でドラマには圧倒的な厚みがある(なんと本作が処女作というのだから驚きだ)。シングルマザーとして子育てに迷いながらも記者として使命感をもって懸命に生きる美貴、個性豊かな同僚やミステリアスな所轄警察署長、不気味な少年と、魅力的な登場人物が物語をひっぱり、ラストには様々な謎と伏線が見事にまとまっていくミステリの醍醐味も格別。さらに様々な社会問題や不条理についても考えさせられるという読書体験は深く濃く、多くの本読みたちにもレコメンドされている。

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これはめちゃくちゃ凄い!! 罪と罰、贖罪とは何か、果たして人が人を裁くことに間違いはないのか。冤罪の可能性は。そして残された家族は何を思い、何を背負って生きて行くのか。そこに絡み合う糸が解けていく様がお見事!!(文真堂書店ビバモール本庄店 山本智子さん)

飛ぶように読んでしまう。続きが気になりとまらない。ラストに近づくほどに、真実と贖罪が姿を現し、時代や歴史の重みとともに、語りかけてくる。人間の本質に迫る作品だ。今もなおタイトルの意味が深く心にとまり続ける。(うさぎや矢板店 山田恵理子さん)

人間は愚かだ。しかし愛すべきものでもある。償うべきは誰なのか、何をもって償いとするのか。その答えを求めるようにページをめくる手は止まらなかった。どのページも見逃してはならないと必死に、そして大切に読んだ一冊です。(未来屋書店宇品店 山道ゆう子さん)

読後、辛く重くしばらく動けなかった。葉っぱの裏でひっそりと眠る蝶のようにすぐ近くにありながら見え難い、本当に知りたい事に明るい光を当てていく主人公のひたむきな頑張りがとても救いになりました。(明文堂書店TSUTAYA戸田 坂本まさみさん)

これが本当に初の著書かと思うほどのそのリアリティ、スピード感! 社会派ミステリーとしての完成度に読みながら何度も唸ってました。いじめ、自殺、虐待…そして殺人。今の世の中を映す鏡のような題材でありながら、それだけでは終わらない。本当に大好きな小説になりました。(郁文堂書店庭瀬店 藤原郁子さん)

せつない、つらい。罪と罰、贖罪ってなんなんだろう。考えながら読んだ。犯罪、冤罪は許せない。全てにおいて正しい答えは出せなかったが、子どもたちをはじめすべての人々がしあわせに生きることを祈る。(宮脇書店ゆめモール下関店 吉井めぐみさん)

 本作が問いかける数々の社会問題はいずれも簡単に答えの出る類のものではない。だがそうした問題を意識化するのはもちろん、登場人物に心を重ね自らを問うことになるのは、小説というものが持つ「大きな力」なのだろう。読後にあなたの胸にはどんな思いが残るのか、その体験をぜひ噛み締めてほしい。

文=荒井理恵