【2021年本屋大賞授賞式レポート】「孤独な魂の叫びを聞き取り寄り添う、寂しくも美しい物語」『52ヘルツのクジラたち』が大賞に

文芸・カルチャー

公開日:2021/4/16

2021年本屋大賞授賞式レポート

 2021年4月14日、全国書店員たちが“いちばん売りたい本”を選ぶ「2021年本屋大賞」の授賞式が行われた。同賞は新刊書店に勤務するすべての書店員(アルバイト、パートを含む)が投票資格を有し、その投票結果のみで大賞が決定する文学賞。1次投票には全国の438書店より書店員546人、2次投票では305書店、書店員355人もの投票があり、町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)が大賞を受賞した。

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大賞受賞作『52ヘルツのクジラたち』——生きづらさを抱える人々の物語

2021年本屋大賞授賞式レポート

 本屋大賞を受賞した『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)は、自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、親からの虐待によって言葉を発せなくなった少年の交流を描いた物語。タイトルになっている「52ヘルツのクジラ」とは、仲間が聞き取れない高い周波数で鳴くクジラのことだ。誰にも聞こえない魂の叫び。児童虐待や毒親、性的マイノリティなど、現代社会の問題を中心に据えながら、生きづらさを抱える人々が絆を結んでいく姿が丁寧に描き出されていく。

 本書に対して書店員からはたくさんの推薦のコメントが寄せられた。

「愛というものの哀しさに、素晴らしさに心が震え、涙が止まらなかった。そして、私にも52ヘルツが聞こえることを静かに願った」

「世の中には私達が気が付かないだけで、物理的にも精神的にも助けを求めている人々が存在しているのだろう。孤独な魂の叫びを聞き取るだけでなく、寄り添える存在が現れて欲しいと思う。寂しくも美しい物語」

「誰にも聞いてもらえず埋もれてしまっているSOSがどれ程あるのだろう、と考えずにはいられません。もっともっと周りの小さな声を聞ける人が多ければと思うし、自分もそうありたいと思いました。読み終えて、改めてタイトルを噛み締めてまた泣きました」

「何度も読み返したい、そう思える本に出合えることは少ない。でもこの物語は絶対にこの先、何度も読み返したいと思う」

本屋大賞2021 (本の雑誌増刊)から一部抜粋)

 希望を捨てなければ救いは現れる。孤独と闘う人々に光を注ぐこの物語は、多くの書店員の心を震わせたようだ。

 町田さんは語る。

「私自身、この作品に限らずどの作品においても前向きになれるような、背中を押せるような、一歩進めるような物語を目指して書いているんですけれども、本作もそうであったらいいなと思います。いただいた感想の中で一番嬉しかったのは、『周りの声に耳を傾けてみようと思った』というもの。私がそれまで想像もしていなかった感想だったので嬉しかったです」。

本屋大賞受賞「みなさんの応援のおかげ」

2021年本屋大賞授賞式レポート

 この作品が刊行されたのは2020年の4月。新型コロナウイルス感染症の流行で世の中が今以上に混乱している最中だった。町田さんも「これからどうなるんだろう」という不安な気持ちを抱えていたという。

「この本が刊行された時、私は、暗く荒れている海に、小さなくじらの赤ちゃんを放流する想像をしていました。無名に近い私の本が果たしてどれだけ頑張れるのだろうとすごく不安になっていました。ですが、私の想像を超えて、この本はどんどん大きくなり、存在感を増していきました。最初は戸惑うばかりでしたが、途中で、『これは私の力ではない』と気が付いたんです。この本を売らなければと頑張ってくださった中央公論新社のみなさん、読者の人に一番近いところでずっと応援し続けてくださった書店員のみなさん、そのたくさんの人の想いが乗った本を受け取ってくださった読者のみなさん。みなさんの応援のおかげで本屋大賞をいただくことができました」。

 町田さんは受賞スピーチで、時折涙で声を詰まらせながら、感謝の言葉を口にした。

「そうそうたる先生がたが名を連ねている本屋大賞を、私みたいな若輩者が受賞してよいのかというプレッシャーを喜びよりも大きく感じています。ですが、この賞に見合う作品だと信じて応援して投票してくださった書店員さんがたくさんいらっしゃるので、甘えたことを言わないで、背筋をのばしてこれから精進していこうと思います」。

 町田さんは1980年生まれ、福岡県在住。「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞し、2017年にデビューした。本作は、町田さんによる初の長編小説。今後、町田さんがどのような作品を紡いでいくのか、その活躍に注目したい。

【2021年本屋大賞の受賞作発表】
・1位 『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ/中央公論新社)
・2位 『お探し物は図書室まで』(青山美智子/ポプラ社)
・3位 『犬がいた季節』(伊吹有喜/双葉社)
・4位 『逆ソクラテス』(伊坂幸太郎/集英社)
・5位 『自転しながら公転する』(山本文緒/新潮社)
・6位 『八月の銀の雪』(伊与原新/新潮社)
・7位 『滅びの前のシャングリラ』(凪良ゆう/中央公論新社)
・8位 『オルタネート』(加藤シゲアキ/新潮社)
・9位 『推し、燃ゆ』(宇佐見りん/河出書房新社)
・10位 『この本を盗む者は』(深緑野分/KADOKAWA)

「翻訳小説部門」『ザリガニの鳴くところ』——動物行動学者が描き出す深い孤独の物語

 さらに、今年1年に日本で翻訳された小説(新訳も含む)の中から「これぞ!」という本を選出する「翻訳小説部門」では、ディーリア・オーエンズさん著、友廣純さん訳の『ザリガニの鳴くところ』(早川書房)が1位に選ばれた。

2021年本屋大賞授賞式レポート

 この作品は、カイアという女性の深い孤独を描いた物語。貧困や差別や暴力などの重いテーマも含んでいるが、訳者の友廣さんがこの本を読み終えた時に感じたのは、悲しみや苦しみといった感情よりもむしろ不思議な解放感だったのだという。

「オーエンズさんはアフリカで長年にわたってフィールドワークを続けた動物行動学者。優れた動物行動学者であるオーエンズさんが人という生き物に目を向けて書き上げたこの物語は、繊細で力強くてそして美しいです。この作品から不思議な解放感を感じるのは、彼女があらゆる場面で通奏低音のようにどんな命にも生きようとする力は備わっているんだという力強いメッセージを発信しているからだと思います。まだ読まれていないという方にもこの奥深い作品世界をぜひ体験していただければと思います」。

2021年本屋大賞授賞式レポート

 本作は、全世界1000万部突破、2019年・2020年アメリカでいちばん売れた本でもある。今回の受賞で、日本でもますます注目が集まりそうだ。

【翻訳小説部門結果発表】
・1位 『ザリガニの鳴くところ』(ディーリア・オーエンズ:著、友廣純:訳/早川書房)
・2位 『神さまの貨物』(ジャン=クロード・グランベール:著、河野万里子:訳/ポプラ社)
・3位 『あの本は読まれているか』(ラーラ・プレスコット:著、吉澤康子:訳/東京創元社)

「超発掘本!」『「ない仕事」の作り方』——仕事がないなら作ればいい! 驚きの仕事術

 また、本屋大賞には、「発掘部門」という部門がある。これは、ジャンルを問わず、2019年11月30日以前に刊行された作品の中で、時代を超えて残る本や、今読み返しても面白いと思う本をエントリー書店員がひとり1冊選び、その中から、「これは!」と共感した1冊を実行委員会が「超発掘本!」として選出するもの。選考の結果、みうらじゅんさん著の『「ない仕事」の作り方(文春文庫)』(文藝春秋)が「超発掘本!」に選ばれた。

2021年本屋大賞授賞式レポート

 この本を推薦したのは、丸善博多店に勤める脊戸真由美さん。博多駅ビルにある丸善博多店は、新型コロナウイルス流行による緊急事態宣言を受けて長い休業を余儀なくされた。脊戸さんも1カ月半仕事なし、やることが何もないという事態に陥ったのだそうだ。その時、彼女の力となったのは、『「ない仕事」の作り方』に書いてあった「ないと思うからない。あると思うと見えてくるものがある」という言葉。こんな時代だからこそ、ある仕事に目を向けるのではなく、ない仕事に目を向けてみればいいのだということに気付かされたのだという。

 みうら氏は受賞にあたり、「僕にとって本屋さんは、小学校の頃からシェルターみたいなもの。休みになると、半日くらいかけて長く本屋に居座って、流行っている本ではない本を本屋さんで発掘するのがすごく喜びだった。今度は自分が発掘されるという立場ということで、とても嬉しい」とコメント。さらに、「5年ほど前に出した本を発掘していただいて、長い眠りからさめたミイラみたいな気持ちなんですよね、今。だから、本屋大賞を機に今後は、『みうらじゅん』あらため、『ミイラじゅん』という名前にしてやっていきたいなって思っています(笑)」とみうら氏らしい発言で会場を沸かせた。

2021年本屋大賞授賞式レポート

 コロナ禍の中、家で過ごす時間も増え、本に触れる機会が増えたという人も多いに違いない。受賞作やノミネート作は名作ぞろい。全国の書店で実際に働く書店員の方々が「この本を読んでほしい!」と投票したおすすめの書籍をぜひあなたも試してみてはいかがだろうか。

文=アサトーミナミ

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