コブラの危険より写真を優先、すばる望遠鏡を再起動……天体観測は危険と冒険が満載! 天文学者の活劇譚

科学

公開日:2021/4/27

天体観測に魅せられた人たち
『天体観測に魅せられた人たち』(エミリー・レヴェック:著、川添節子:訳/原書房)

 スマホの調子が悪い場合、あなたはどうするだろうか。ネットで検索したり、メーカーなどに問い合わせたりすると、電源の入れ直し、再起動を促されることがあるだろう。場合によってはそのまま二度と電源が入らない事態も考えられるが、日頃からデータのバックアップを怠っていなければ、再起動を試みるのは手軽な解決策の一つであり、最悪、機種変更する程度で済めば御の字で、むしろ新しい機体に胸躍るなんてこともあるかもしれない。

 しかし、もしその機器が数億円以上する代物だったとしたら、もし再起動に失敗して本当に壊れてしまう可能性があるとしたら、あなたはどうするだろう。なんの話をしているのかと思われるかもしれないが、天体観測の話である。女性研究者として天文学の博士号を持ち、現在はワシントン大学天文学教授を務める、『天体観測に魅せられた人たち』(エミリー・レヴェック:著、川添節子:訳/原書房)の著者は、24歳の学生時代にそんな重大な決断を迫られたという。

天文学者が天体観測する時間は短い

 天文学を職業としている人は世界でも5万人ほどで、地球の人口75億人からすれば、ほとんどの人が人生において出逢う機会は少なく、著者は「ユニコーン並みに希少だ」とさえいう。さらに個人が所有するような望遠鏡では天体観測をするのに能力が不足しており、より遠くの宇宙を見みるための巨大な望遠鏡を備えた天文台は世界に100基もないそうだ。

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 一晩使うために何ヶ月も前から予約しなければならず、常にスケジュールはギッチリと埋まっている状況。そのうえ著者が24歳のときに借りた、ハワイのマウナケア山の頂上にある日本の国立天文台に設置されている「すばる望遠鏡」は一晩稼働するだけで約500万円のコストがかかる。だから観測者は事前に数週間かけて入念な準備をし、望遠鏡で観測した数時間分のデータを得て持ち帰ると、また数週間かけて分析する。つまり、「天文学者は世間の人が思うより望遠鏡のもとで過ごす時間は短く、データと格闘している時間が長い」のだ。

天文学者には冒険者の資質が欠かせない

 街なかで夜空を見上げてもあまり星が見えないことからも分かるとおり、天体観測には人工の照明が邪魔になる。空気が乾燥して、空気中の水蒸気が少ないほうが、天候の面でも撮影する写真の画質の面でもいいため、条件が揃った高地こそ望ましい。そのため現代の天文台は、人里離れた険しい山の山頂付近に建設されている。そうなるとまず天文台に辿り着くまでが大変で、「研究者が天文台に行く途中で起こした事故をまとめたら、それだけで一冊の本ができるだろう」と著者は述べている。曲がりくねった荒い山道には未舗装の場所もあり、山頂近くでは天文台に光を当てないよう「ヘッドライトを消すよう警告する標識」が立っていて、暗闇の中をそろそろと進んでいくのだから事故も起きようというもの。

 そのうえ、天文台の周囲はもちろん施設内ですら野生の動物と遭遇することがあるという。寝る前にはベッドにサソリが入り込んでいないか確かめるために布団を振り回さなければならないし、ある観測者は撮影した写真の現像室にコブラが入り込んだため、明かりをつけて写真を駄目にするか、現像を続けるかの選択に迫られる、なんてことも。ちなみにその人物は、時間が経ちすぎればどのみち写真は駄目になるから、コブラが出ていくのを待つこともできず、コブラのいる部屋で現像を完了することを選び、作業を終えてから明かりをつけると、コブラは作業していた場所のすぐ隣でとぐろを巻いていたそうだ。

天文学者は運も良くなければならない

 技術の進歩で、昔よりは観測がしやすくなってきているのは良いことだろう。先の写真の現像なんかは、デジタル化によって不要となった。また、現在は天文台の施設内に望遠鏡を操作するコントロール室が設けられ、観測者が望遠鏡の近くに常駐しなくても済むようになった。かつては、それこそ冬ともなれば、暖を取りたくても望遠鏡の近くで暖房など入れたら暖まった空気が上昇して空気を撹拌し、観測に支障をきたしてしまうため、10時間も震えて過ごすこともあったという。また、望遠鏡のデザインは「人間の存在をあまり意識していないように感じる」と著者が記しているように、昔は数メートルの高さの梯子を登り、手すりも付いていない板切れの上をキャットウォークよろしく、しがみつきながら渡っていたそうだ。

 そこからすれば現代の観測はだいぶ楽になったのであろう……と思ったら大きな間違い。24歳のときに著者が体験したのは、まさかのすばる望遠鏡の故障。遠隔地にいる日本人の担当者に連絡をすると、「再起動してみました?」と訊かれた。今夜一晩しかない貴重なチャンスで観測するには、再起動を試してみなければならない。しかしもし、自分が操作して事態が悪化したら「すばるを破壊した学生」として後世に名前を残してしまうかもしれない。果たして、彼女の決断は――!?

 星にまつわるロマンチックな話と、その研究にかける天文学者の浮世離れした活躍を読めると思ったら、ハラハラドキドキさせられる冒険活劇譚だった。この面白さと興奮を、ぜひ読者諸氏にも堪能してほしい。

文=清水銀嶺

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