忘れられつつある「禁忌」の習俗を探る──民俗学者・柳田国男による大いなる「記録」の遺産

文芸・カルチャー

公開日:2021/4/24

禁忌習俗事典: タブーの民俗学手帳
『禁忌習俗事典: タブーの民俗学手帳』(柳田国男/河出書房新社)

 子供の頃「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」などと教えられたことがある。正直、理由はよく分からなかったが「そういうものか」と思ったものだ。このような「理由は不確かだが戒められている行為」というのは、今でも割と残っているだろう。しかしそれでも、人々の記憶から消えてしまったもののほうが圧倒的に多いと思われる。そのような「戒められる行為=禁忌(タブー)」を、著名な民俗学者である故・柳田国男先生が全国から収集してまとめたのが『禁忌習俗事典: タブーの民俗学手帳』(柳田国男/河出書房新社)だ。

 本書は昭和13年、西暦でいえば1938年にまとめられたものである。もちろん私自身の浅学もあるのだろうが、収録された多くの習俗について初耳であった。さらに1938年の時点において、柳田先生でも「確かなことは分からぬ」というものもかなり存在しているので、記憶の風化が現代で加速していてもやむを得ないのかもしれない。それでも多少なりとも興味を惹かれそうな習俗を散見することはできたので、紹介してみたいと思う。

袖もぎさん

 中国四国地方には「袖もぎ」という地名が多くあって、そこには何らかの「怪異」が語り継がれているのだという。そういう場所で転んだ場合、袖をちぎって捨てないと死ぬというのである。阿波(現在の徳島県あたり)では「袖もぎ様」という神様を祀った例もあるそうで、この地方で「袖」にまつわる何らかの伝説があったのではと想像させるが、残念ながら由来についての記述はなかった。

advertisement

南枕

「北枕」を聞いたことのある人は多いかもしれない。死者の頭を北に向けて寝かせることから縁起がよくないといわれている行為だ。そして北があれば南があるということで、土佐(現在の高知県あたり)長岡郡では「南枕に寝ると難産する」といって出産のときには南枕を嫌うのだとか。とりあえず西か東に向いて寝るのが無難なのかもしれない。

貧乏揺すり

「膝などを終始小さく動かしている癖」で、現代でもこれで怒られた人は結構いるのでは。忌避される理由としては、見苦しいというだけでなく、相手がこれを嫌うところが大きいという。他人を不快にさせるから「忌み」とされるのは、当然かもしれない。

六人一人(ロクニンヒトリ)

 早い話が「七人組」のことなのだが、越後(現在の新潟県あたり)赤谷などの猟師は七人組で山に入るのを忌み、このように言い換えたのだという。また七人の旅人が災いを受ける話は全国にあるという。「7」といえばラッキーセブンなどというが、これは西洋の思想であり、日本では「忌み」と捉えられて地域や歴史があるというのは興味深い。

夜爪

 先述した「夜に爪を切る」話だが、後に理由は「昔は夜が暗かったので深爪をする危険があった」みたいなことをいわれた覚えがある。さて、本書ではどうかと確認したところ、柳田先生いわく「今ではその理由は失念せられている」という……。とりあえず、物事の起源というのは「諸説あり」というのが常套句なので、そういう認識がよさそうだ。

 本書で「忌み」の習俗を知ることで、日本ではどのようなことが「禁忌」とされていたのかが分かってくる。中には差別によることもあるのだが、それも含めて「事実」を知るということには意味があろう。正しく歴史を理解するということにおいて柳田先生の遺してくれた財産は、決して小さくないのだと思えるのである。

文=木谷誠

あわせて読みたい