3人の夫を持ち7人を出産、壮絶な最期…明治期を駆け抜けた伊藤野枝の情熱的な生涯とは?《吉川英治文学賞受賞》

小説・エッセイ

公開日:2021/5/5

風よあらしよ
『風よあらしよ』(村山由佳/集英社)

 愛という炎に燃料を与え続けるもの、それは、尊敬の念ではないだろうか。同じ方角を目指す仲間としての尊敬の思いが絶えずあれば、その愛は消えることはない。同志とも、友人ともいえる関係こそが、愛を燃やし続けるために必要なものではないか。

 村山由佳氏の『風よあらしよ』(集英社)は、まさに永遠に燃え上がるような不滅の愛の物語だ。第55回吉川英治文学賞受賞作であり、本の雑誌が選ぶ2020年度ベスト10第1位にも選ばれたこの極上のエンターテインメントで描かれるのは、明治期の婦人解放運動家・伊藤野枝の姿。社会主義思想家・大杉栄の内縁の妻であり、1923年、関東大震災の直後に、甘粕事件で虐殺された人物として知られるが、この本を読むと、教科書では知ることのできなかった一人の女の生き様が、鮮明に浮かび上がってくる。生涯に3人の夫を持ち7人の子を産んだ彼女の情熱的な28年間の人生に、読み終えた今も胸の高鳴りがおさまらない。

 伊藤野枝――本名・伊藤ノエは、1895年、福岡県糸島郡今宿村の貧しい家に生まれた。生活は困窮し、2度里子に出された彼女だが、誰よりも勉学を愛し、暇さえあれば、本に没頭するような少女だった。胸に秘めていたのは、このままでは終われないという思い。貧しいというだけで、道が絶たれてしまってはならないと強く思っていた。「私はもっと自分の力を試してみたいのです」。ノエは、叔父に頼み込んで、女学校入学のために上京することに成功するが、卒業直前、隣村の豪農の息子・末松福太郎と強引に結婚させられてしまう。だが、ノエは、「あげな男は願い下げばい」と拒絶。仮祝言の翌日には東京に舞い戻り、女学校時代の英語教師・辻潤の家に転がり込んでしまった。明治時代は、今よりも「女はかくあるべき」という圧力が強かった時代であるはず。そんな時代に自分の運命を自分で切り開こうとあがき続けた彼女の姿はなんと勇ましいことだろうか。

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 さらにノエの人生は、大杉栄と出会うことで変貌していく。ノエと出会った時、大杉栄には、妻も愛人もいた。それなのに、悪びれもせず、「自由恋愛の実験」だと、自らを正当化する姿にはほとほと呆れさせられる。だが、ノエも他の女たちも、たとえ四角関係になったとしても、大杉とは離れがたかった。そして、大杉にとってもノエにとっても、互いがかけがえのない存在になっていく。同じ思想を抱く者としての尊敬の念が2人の絆を強固にしていく。ノエの恋愛の濃厚な描写は、村山由佳氏の作品ならでは。この本からは、愛し合う男女の息遣いさえ聞こえてきそう。めくるページに熱が宿っているようだ。

 生きにくい時代だとしても、行きたい道へと猪突猛進。ただただエネルギッシュに突き進んだノエの姿に、勇気づけられる人はきっと多いだろう。特に、今、思うように生きられずに歯がゆい思いをしている女性には、突き刺さるような衝撃を与えるに違いない一冊だ。

文=アサトーミナミ

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