幸せに生きようとすると社会が「壁」として現れる。自分が自分であり、ゲイであることと向き合う少年アヤ最新刊

小説・エッセイ

公開日:2021/5/1

ぼくをくるむ人生から、にげないでみた1年の記録
『ぼくをくるむ人生から、にげないでみた1年の記録』(少年アヤ/双葉社)

「自分を受け入れることなしには、他人を受け入れることなんてできないよ」

 こうした自己啓発書に出てきそうなフレーズで助言を受けると、思わずイラッとしてしまう人は多いはずだ。

 この言葉はおそらく真実だと筆者は感じるが、言葉を知っただけで自分を受け入れられる人なんて、まずいない。ありきたりの真実めいた言葉に辿り着くには、やはり誰もがその人なりの努力をして、失敗も重ねて、その人なりの遠回りもすることが必要なのだろう。

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 エッセイストの少年アヤさんの新著『ぼくをくるむ人生から、にげないでみた1年の記録』(双葉社)は、そうやってアヤさんが自分の人生に真正面から向き合ってきた記録だ。

 アヤさんは高校時代の友人たちと自ら連絡を絶ち、再び交流するようになるまで10年を要した。父親とも13年間ろくに話をしなかった時期があり、当時は「パパ」と呼ぶのも嫌で「ハゲ」と呼んでいた。呼ぶたびに胸が痛くて、それを克服しようとしてもっと連呼し、おおらかなお父さんを傷つけ続けた時期もあったという。

 その理由をアヤさんは「ぼくがぼくであり、ゲイであるからだ」と書いている。アヤさんは高校時代、そんな自分を受け入れられず、自分のことを友達にも話せず、消えたくて消えたくて震えていた。口を閉ざすしかない、殴られても仕方ないと思い込んでいた。

 だが20代後半になったアヤさんは、最高の友達との交流も再開。父親とも一緒に買い物に行けるようになり、見ているだけで「息苦しい」と感じていた家族の生きざまが、「おもしろい」「かわいい」とも思えるようになった。

 そして高校の校舎を見に行ったアヤさんは、体の軽さを感じながら、過去の10年を「またここに帰ってくるために、必死になって描いてきたおおきな輪っかって感じがする」と振り返る。そうしたやわらかな言葉で、自分の人生の遠回りを肯定するアヤさんの文章は、本書を読む筆者の心にもじんわり優しく染み込んでくるものだった。

あまりに「愛そのもの」で「人間同士」な2人の物語

……と、ここまで紹介した内容は、本書のはじまりのごく一部。タイトルにある「ぼくをくるむ人生から、にげないでみた1年の記録」というのは、その先でアヤさんがパートナーと出会ってからの話だ。

 心から惹かれる相手と出会ってからも、アヤさんは不器用ながらも全力に、パートナーとも真正面から向き合う。自分の気持ちを素直に伝えようと頑張って、「すごいかわいい…かわいいよ…かわいい…」と発情したみたいになったりもする。LINEの返事が届かないストレスで「ごめん、やっぱり付き合うの無理」と切り出して、すぐに「やっぱり別れたくありません」と謝ったりもする……。

 この本には友人がアヤさんのことを「あんたは愛そのものだよ」と評する言葉があり、アヤさんとパートナーの関係を「人間同士って感じでいいと思うよ」と評する友達もいる。そんな言葉のとおり、この本で綴られるアヤさんの行動は、あまりに人間的で、あまりに愛らしい。

 そんな文章に触れていると、これまでの人生でとってきた(今もとっている)自分の不器用な言動が自然と頭に浮かぶ。「自分の人生を生きるって、辛いことも恥ずかしいこともあるけど、すごく素敵なことだな」とも感じられる。

 そして本書でアヤさんは、自分の人生とパートナーと向き合い続けた先で、その外にある「社会」とも真正面から対峙する。1人の人生が「2人の人生」になっていくなかでは、2人が人前で堂々と過ごせず、「ただ愛し合っているだけ」なのに家族や友人にも気を使わなければいけないことへのストレスや違和感が大きくなっていく。

 アヤさんはパートナーとたびたびケンカをするが、「すれ違う理由には、いまのところ、ほぼ社会のありようが関係している」と感じ、その悩みを「ぼくたちだけの問題ではない」と感じるようになる。

 本書は極めて個人的な体験を綴ったエッセイだが、自分を受け入れ、他者を受け入れる過程を経て、その物語はだんだんと社会性を帯びてくる。そして自分とも他者とも根気よく向き合ってきたアヤさんは、社会との向き合い方もとても誠実だ。

「自分を受け入れることなしには、他人を受け入れることなんてできないよ」という言葉と同様、「多様性を認め合い、みんなが幸せになれる社会を」という言葉も、言ったり聞いたりするだけでは実現は難しい。だが本書の物語で、自分たちが幸せであり続けようとすると社会が「壁」として立ちはだかってくるマイノリティの心情に、そして人生に触れることは、「社会の一員として自分には何ができるのか」を考えるきっかけになるはずだ。

文=古澤誠一郎

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