永寿総合病院でそのとき何が起きていたのか? 新型コロナウイルス感染症でアウトブレイク発生

文芸・カルチャー

更新日:2021/5/11

永寿総合病院看護部が書いた 新型コロナウイルス感染症アウトブレイクの記録
『永寿総合病院看護部が書いた 新型コロナウイルス感染症アウトブレイクの記録』(髙野ひろみ、武田聡子、松尾晴美/医学書院)

 21世紀最悪の厄災として、新型コロナウイルス禍は歴史に記録されるだろう。いずれ政府の対応はもちろん、マスコミの報道の仕方や、医療体制の課題など検証しなければならないことは多岐にわたる。この『永寿総合病院看護部が書いた 新型コロナウイルス感染症アウトブレイクの記録』(髙野ひろみ、武田聡子、松尾晴美/医学書院)は、間違いなく今後の資料的価値の大きい一冊だと思う。いや今後といわず、医療崩壊が起こるとはどういうことなのかを知るためには、すぐにでも読むべきかもしれない。

 本書は、2020年3月に東京都台東区上野の中核病院の1つである永寿総合病院において、新型コロナウイルス感染症のアウトブレイクが発生した当時の記録である。漫画形式で視覚的に分かりやすく状況を描くとともに、どうすればより良かったと考えられるか、振り返っての解説も加えられている。また、本書には院内感染を拡大させないために行なっていた具体的な対策などが載っており、髪を触ったら手指を消毒というような消毒のタイミングや、ゴミの処理の仕方といったことは、いざ自身や家族が感染し自宅療養となった場合の参考にもなるだろう。

最初はインフルエンザの流行が疑われた

 同病院では陽性患者の受け入れに伴い呼吸器内科への新規入院を停止する一方、他の通常病棟の稼働率は85~90%という状況だったという。世の中の病気は新型コロナウイルスだけではないから、すでにこの時点で医療現場は逼迫していたといえる。そんな中で患者とスタッフに発熱者が増え始めた。院内の感染制御部に報告していたものの、最初に疑われたのは通年のインフルエンザの流行だったという。

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 私たちは、報道やネットなどで繰り返し新型コロナの情報ばかりを追っているから、それだけを考えてしまいがちだ。しかし、入院患者はもともと何がしかの疾患があるから入院しているわけで、脳梗塞により誤嚥を繰り返していた患者の発熱は誤嚥性肺炎と診断されたり、他の患者も間質性肺炎の再燃と診断されたりして、新型コロナによる肺炎と疑うことはなかったという。

 

 もとより冬季はインフルエンザなどの感染症対策としてサージカルマスクの着用は標準装備で、必要時に手袋やPPE(個人用防護具)を着用して業務に当たっていたという。また、発熱者が増加していたことから、保健所には集団感染の報告は規定通りに行なっていたそうだ。

急ごしらえの混合チームでの業務と、業者の撤退

 2 月の下旬頃には、「何かがおかしい …… 」と看護師としての勘 ( 第六感 ) が働いていたもののはっきりせず、PCR 検査が施行されて陽性者の存在が判明したのは 3月下旬のことだったという。

 感染者が確認された病棟の看護師たちスタッフ全員が14日間の出勤停止となり、他の病棟から人員を融通して配置するも、今度は別の病棟で感染が確認されたことからチームの編成をやり直さなければならなくなったという。単なる人手不足だけではなく、特定の病棟のスタッフが全員いないということは、患者さんのことを含めてその病棟のことを知っている人がいなくなるという非常事態でもある。

 そのうえ、看護師として一通りのことを学んではいても、約10年ぶりに他の科目で業務をするというケースもあり、細分化されている現代医療において、それは容易なことではなかったという。加えて、医療はチームで行なうものなのに、相手のことをよく知らないまま共同作業をする難しさもある。さらに追い打ちとなったのが、清掃や洗濯、警備などの外部業者の撤退だ。通常の業務さえ困難な状況でさらに仕事が増えていき、事務スタッフが警備や物品の運搬のみならず、シャトルバスの運転手もこなしていたのだとか。

風評被害、地元の有志の応援、スタッフのメンタルケア

 業者の撤退が相次いだのは、マスコミに病院のアウトブレイクが連日報道されたことも影響していたようだ。しかも、病院の入り口に張り込んで出勤するスタッフに突撃取材を申し込むばかりか、自宅に突然訪ねてくる記者までいて、マスコミ対応にも悩まされたという。なおいっそうスタッフを追い詰めたのは、同病院に勤務していることを理由に夫が会社から無期限出勤停止を命じられたり、子供が保育園から預かりを拒否されたりと、社会的に孤立していったことだったそうだ。

 同病院では、「神経内科医、精神科医、臨床心理士、小児科医などが中心となって」スタッフのメンタルヘルスサポートチームを立ち上げて対応したという。また、地元の有志が「頑張れ、永寿病院」の横断幕を掲げて励ましの声を送ってくれたことには励まされたそうだ。他にも、業者が撤退して院内の食堂で食べられるものが弁当のみになったさいには、近所の飲食店から飲料や惣菜などの支援があったそうで、感謝の言葉が述べられていた。

 目に見えないウイルスを警戒する気持ちが強くなるのは仕方がないとはいえ、風評被害は本来なら起こるはずの無い被害なのだから、戦う相手は人ではなくウイルスであることを忘れてはならないだろう。私もあらためてコロナと戦う社会の中の、チームの一員のつもりで、この厄災を乗り越えていきたいと思う。

文=清水銀嶺

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