コロナ禍の灯。美味しいもので人を幸せにするシェフたちのリーダーシップに学ぶ一冊

食・料理

更新日:2021/5/13

シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく~三十四人の記録
『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく~三十四人の記録』(井川直子/文藝春秋)

 飲食業界にいる人はもちろん、個人事業主、そして社会で働く人すべてに響く話が詰まっている。『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく~三十四人の記録』(井川直子/文藝春秋)は、飲食店のリーダーたちがコロナ禍で何を思い、どう行動してきたかを記録した一冊だ。

 2020年、新型コロナウイルスの世界的大流行によって、私たちの生活は激変した。なかでも、生きていくために欠かせない「食」を取り巻く環境は大きく変わった。世界にも類を見ない豊かな日本の食文化は、かつてない危機に瀕している。

 連日のようにマスコミの報道では飲食店の悲鳴が伝えられているが、同書ではその深部が著者の井川直子氏による丁寧な取材によって詳らかに。浮かび上がってくる現場のリアルには、悲鳴どころか困難を乗り越えるエネルギーと支え合う人間関係の温かさが溢れている。

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考え抜いた末の結論。すべては人のため

 ちょうど1年前、初めての緊急事態宣言が発せられて、街の飲食店から人々が消えた。同書で証言した34人は東京都内で多くの常連が通う人気店をはじめ、創業88年の老舗からオープンしたての店のオーナーまで幅広く、事情もそれぞれで異なる。

 いずれにせよ、家賃、人件費をはじめとする固定費はもとより、生産者など仕入先の売上げなど、いったん営業できなくなれば、支出や影響は相当に大きい。だが、こんな出口の見えないトンネルのような状況下でも、それぞれ悩んで考え抜いた末、休業や時短営業、業務形態の変更など工夫を凝らしながら、驚くほど前向きに奮闘を続けているのが印象的だ。

 あまり知られていないことだが、華やかに見える人気の飲食店も、経営者は常により良いものを提供しようと努力を惜しまないため、いわゆる優雅で豪勢な暮らしをする“成功者”のイメージとはかけ離れている。日々、より美味しいものを目指し、お客さんの喜ぶ顔を何よりの見返りに献身するのだ。だからこそ多くの顧客が拠り所にするという美しい文化にもなっている。

 働くモチベーションの源が「人を喜ばせること」であるシェフたちは、この前代未聞のコロナ禍という危機に目が覚めるような逞しさを発揮している。金策に走り、雇用や取引先を守り、顧客のため、近所の人のため、さらには同業者のため、医療従事者のため、行動を起こしているのだ。

医療従事者を支援する「スマイルフードプロジェクト」

 なかでも、「スマイルフードプロジェクト」は、シェフたちが医療従事者にお弁当を届けるという新しい活動。シェフたち自身も苦労している最中、こうした行動を起こしているのだから頭が下がる。

「元気で体を動かせる人間が、貢献すること。この時代、企業体は経営だけでなくプラスαを考えていかないと。飲食店の厨房は毎日が緊急事態ですから、料理人は体力、精神力、対応力を備えた、有事に先頭に立てる人材のはずです」(レフェルヴェソンス・生江史伸氏)

 同プロジェクトの発起人は、シンシアの石井真介氏。フランスで活躍している日本人シェフが医療機関に差し入れをしているという記事を見て感銘。フェイスブックで料理人仲間に呼びかけて実現した。

 私たちにとっても、毎日の楽しみとなり、鬱々とした今を乗り越える力になる「食」。自粛警察をはじめ、なにかとギスギスして分断された社会が印象づけられるなか、飲食業界には真逆とも言える助け合いの世界が広がっている。コロナ禍、コロナ後を見据えて、シェフたちから学ぶことは多い。

文=松山ようこ