どのキャラクターに感情移入するかで、小説の印象が大きく変わる! 17歳と34歳の恋を描く、究極の恋愛小説『はじまりの空』

小説・エッセイ

更新日:2021/5/13

はじまりの空
『はじまりの空』(楡井亜木子/ポプラ社)

 恋はするものではなく落ちるもので、コントロールなんてできやしないのだと思い出させてくれる小説『はじまりの空』(楡井亜木子/ポプラ社)。結婚する姉の婚約者家族との食事会で、高校2年生の真菜が出会った、年齢が倍もちがう34歳の蓮。小さな画廊で働く彼に、美術展のチケットをもらったことから交流の始まった2人の恋愛小説である。

 どのキャラクターに感情移入するかで、この小説の印象はずいぶん変わるだろう。もちろんほとんどの読者は真菜の視点で読むだろうし、彼女の揺れ動く想いの甘酸っぱさに悶えるはずだ。真菜の彼氏・真治も、男子高生のわりに人間ができていて、一人の時間を尊重してくれるし、趣味が合わなくても否定しない、非の打ちどころのない男子だ。けれど、簡単には心のうちを開いてくれなくて、秘密めいた雰囲気を漂わせながらも常に紳士的な蓮にキュンとしてしまうのもわかる。蓮の働く画廊のオーナーで、蓮の先輩の元妻だという伽歩子の思わせぶりな態度にモヤモヤしつつ、美しく色気のある彼女と比較して自分が子どもであることを思い知らされる真菜の姿にも、切なくなる。

 だが蓮や伽歩子に近い年齢の読者ならば、2人をただ素敵な大人とは思えないし、イヤな奴だときらうこともできないだろう。蓮にとって真菜はあくまで、弟の妻となる人の妹。慕われたら悪い気はしないし、面倒も見てあげないとという義務感も働くだろう。美術鑑賞などの趣味が合って、話がはずむとなればなおさらである。

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 とはいえ、いくら大人びていたところで真菜は女子高生。好意を抱くことだって、うしろめたいだろう。それがつかず離れずの距離をうんで、真菜をやきもきさせるし、いっそう彼女を惹きつける結果になるのだけれど……。パリ出張に真菜を連れていったのだって、もしかしたら、親戚として大人として節度をわきまえたふるまいのできる自分を証明したかったのかもしれない、なんて考えると、真菜の恋心以上に切なくなってしまうのである。結婚式当日に婚約者にドタキャンされた過去をもつ、恋愛に憶病な彼にとって、久しぶりに心動かされた相手だったのかもしれない、と思うとなおさら。その葛藤に想いを馳せていたから、ラストで彼がとったある行動にも胸が詰まってしまった。

 伽歩子の真菜に対するあけすけなふるまいは、正直、同世代の女性として、あまりに大人げないのではと思わないでもないが、セリフの端々から彼女がずっと蓮を想っていて、もしかしたらそれは蓮の先輩である元夫と結婚する前からで、おそらく身体を重ねたことだってあるのにうまくいかず、蓮はいつまでも自分を見てくれないという関係に鬱積した気持ちを抱えているのだろうと思うと、やっぱり切ない。なんとなくだけれど、蓮は優しさでそういう関係になってくれただけのような気もするし。彼女には幸せになってほしいといちばん願わずにはいられなかった。

 主人公は確かに真菜なのに、登場する一人ひとりに想いを寄せて、それぞれの来し方を考えさせられてしまう。ぜひスピンオフも読んでみたいなと思いつつ、行間にたゆたう情緒を自分なりに育み、いつまでも浸っていたくなる作品だった。

文=立花もも

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