コンプレックスを武器に見た者すべてを虜にする魔性の歌舞伎役者へ! 下克上歌舞伎マンガ『毒と花道』

マンガ

公開日:2021/5/13

毒と花道
『毒と花道』(ネーム原作・猶本三羽、作画・たしろみや/白泉社)

 誰しも悩みやコンプレックスはあるが、それはいつか、思わぬ形で大輪の花を咲かせる足がかりとなるかもしれない――。そんな希望を心に強く抱かせてくれる下克上マンガがある。ネーム原作・猶本三羽、作画・たしろみやの『毒と花道』(白泉社)だ。

 本作の主人公は、母親を亡くし、親戚の家に引き取られたものの、邪魔者扱いでお金ももらえず、修学旅行にも行かせてもらえなかった高校1年生の佐伯瑞希。小さい頃から女々しく弱虫、背も低く女顔のせいか、学校でも壮絶ないじめに遭い、周囲から孤立していた。顔を隠して声も出さぬよう、とにかく目立たないように生活していた瑞希だが、ある日、教師が瑞希の顔を間近で見て欲情し、襲われかける。思わず教師を殴ってしまった瑞希だが、それを疎ましく思った親戚に施設に入れられそうに…。居場所がなくなり、雨の中、外を彷徨っていたところ、大人気の歌舞伎役者・旦原三四六(だんばらさんしろう)(32)と運命の出会いを果たし、弟子入りすることになるのだが――!?

 実は瑞希は、自分では気づいていないのだが、大きな「武器」を持っていた。それは、顔を見た者すべてを惚れオトしてしまう圧倒的美貌…! その気がなくても顔を見た者すべてを虜にする天性の魔性の持ち主で、瑞希を間近で見た者は体が震えるほどだった。この危険な個性を「歌舞伎で活かせる」と確信した三四六。歌舞伎は、江戸時代に始まった頃は風紀が悪くなるからと、偉い人たちから嫌われていた。だが、歌舞伎役者の努力によって人間国宝とされるまで登りつめた逆転劇と同じく、瑞希の人生にも「下克上」を起こそうと、少し変わった厳しい修業が行われるのだ。

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 筆者は大変失礼ながら、「顔を見た者すべてをムラムラさせる能力って…?」と、最初は笑いながらマンガを読んでいた。だが、瑞希が歌舞伎に登場するシーンは、一瞬でこの上ない優美さと艶やかさに魅せられ、言葉を失った。代理で出演した「助六曲輪初旦」花魁・白玉役も、「勧進帳」の義経も、セリフこそ拙いものの、それをも凌駕してしまう、圧倒的存在感と天性の魔性を見せつける。それは、歌舞伎界の数少ない御曹司で、瑞希を初めて弟子にとった圧倒的な人気を誇る天才歌舞伎役者の三四六に、

「たしかにその魔性は危険 だけど この花道では無敵」

 と言わしめるほどだった。

 本作は、もう後がない絶体絶命の状態から、コンプレックスを武器にして、歌舞伎の世界で飛躍していく瑞希の生き様に心を奪われるのはもちろんのこと、歌舞伎役者・三四六の魅惑的な美しさや溢れ出る才能、ミステリアスだが意外に優しい一面など、多くの見所があった。また、2巻では、瑞希が芸能科のある学校に編入し、同世代の天才歌舞伎役者に出会い、さらに一皮むける様子が堪能できる。歌舞伎の世界の奥深さや人間模様に「歌舞伎を実際に観てみたい!」と興味が湧くのはもちろんのこと、国を混乱させかねない「毒」のような美しさやユーモラスな魅力を多分にはらんだ作品に、いつの間にか骨抜きにされるのである。

文=さゆ

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