パラレルワールドからやって来たと主張する君と、僕は恋をする――切ない結末に胸打たれる並行宇宙ラブストーリー

文芸・カルチャー

更新日:2021/5/27

君が花火に変わるまで
『君が花火に変わるまで』(中西鼎/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

「好き。だから付き合って」

 幼なじみであり、初恋の相手でもある扶由花から突然告白された高2男子のハル。自分の脳が作り出した都合のいい幻覚ではないか……と思いつつも交際を開始するのだが、初デートで思いもよらない打ち明け話をされてしまう。実は扶由花は、この宇宙とよく似た並行宇宙から、つまりパラレルワールドから来たというのだった。

 コミカライズもされた『特殊性癖教室へようこそ』(角川スニーカー文庫/KADOKAWA)や、『東京湾の向こうにある世界は、すべて造り物だと思う』『放課後の宇宙ラテ』(新潮文庫nex/新潮社)など、さまざまなテーマの作品を放つ気鋭作家・中西鼎さん。

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 本作『君が花火に変わるまで』(中西鼎/メディアワークス文庫/KADOKAWA)は、叙情的なタイトルと表紙イラストとは裏腹に(?)、一捻りも二捻りも趣向が凝らされた“並行宇宙(ヒロイン扶由花の主張によれば)ラブストーリー”だ。

 もしきみが並行宇宙から来たのだったら、この世界に元々いた扶由花はどこへ行ったの?

 と、読者の疑問を代弁するかのような質問をハルがぶつけると、扶由花は抜かりなく答える。

「私はね、こちらの世界の扶由花ちゃんを上書きしてるの」と。

 そして並行宇宙からやって来た扶由花が元の世界へ帰るときに、上書きされていた方の「扶由花ちゃん」に逆に上書きされて、この世界の人々は、今ハルと付き合っている扶由花を忘れる仕組みになっている……と。

 その言い分を信じるか信じないかは置いておいて、ハルは扶由花と仲を深めていく。文化祭の実行委員を彼女と務めることになり、それまで積極的に関わってこなかったクラスメイトたちともふれ合うようになる。

 この中盤の文化祭パートは、準備の段階から終了後の打ち上げまで、一つひとつのディテールが細やかに描かれて(たとえば、模擬店で何を出すのか男女の意見が一致するまでの紆余曲折のハラハラ感!)、読んでいて実に引き込まれる。

 他にも扶由花とハルのデートの様子や、彼らの子ども時代のエピソード、舞台となる鄙びた町の鄙び具合のリアリティある情景など、どれもこれもが丁寧かつ繊細だ。こうした描写の積み重ねが、並行宇宙という荒唐無稽な設定を違和感なく包み込んでいる。

 文化祭が大成功に終わり、ハルはクラスのみんなと浜辺で花火をする。打ち上げ花火を見上げた瞬間、ものすごい悲しみに襲われて嗚咽してしまう。そんなハルを、扶由花はじっと見つめる。そして祭りの後、彼女は忽然として姿を消す。

 ここから後半以降は、著者が得意とするSF要素が惜しみなくあらわれながら展開する。扶由花がかつて患っていた難病、ハルの部屋の押し入れから出てきた大量の千羽鶴、扶由花がハルの名字をしきりに間違えていたこと。そして花火が意味するもの――。それまで張られてきた数々の伏線が鮮やかに収束され、痛みをともなうほど切ない結末へと向かっていく。

 エロスとコメディ(『特殊性癖教室へようこそ』)、恋とミステリーと青春(『東京湾の向こうにある世界は、すべて造り物だと思う』)、学園ものとSF(『放課後の宇宙ラテ』)と、著者の既作品のカラーを盛り込みつつ、そこへさらに切なさが大増量。この作品は、著者にとって代表作のひとつとなるに違いない。そう断言したくなるほどの輝きを放っている。

文=皆川ちか

『君が花火に変わるまで』詳細ページ
https://mwbunko.com/product/322102000003.html

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