吉永小百合主演映画 『いのちの停車場』で再注目の原作小説! 現役医師が、在宅医療を通して“患者の命”と医療課題を描く!

文芸・カルチャー

公開日:2021/5/30

いのちの停車場
『いのちの停車場』(南杏子/幻冬舎)

 映画『いのちの停車場』が吉永小百合主演で公開中だ。

 同名の原作は2016年に『サイレント・ブレス』(幻冬舎)でデビューした現役の内科医でもある南杏子氏が2020年に発表した4作目となる長編小説。

 都内の大学病院の救命救急センターで働いていた医師の白石咲和子は故郷の金沢に戻り、「まほろば診療所」で訪問診療医として働くことになる。しかしそこでの医療はそれまで咲和子が大病院で経験してきた「命を助ける」医療とは違い、患者の「命を送る」ことだった。在宅医療に戸惑い、自らの親の介護に悩みながらも咲和子は医療と患者について学んでいく。

advertisement

 本書は在宅医療をテーマに、患者の思いから日本の医療問題までを見据えた医療小説だ。現役の医師でもある著者南杏子氏が描く本書は医者の目線から在宅医療を描きながらも、患者と医師の関係だけでなく、患者の家族、看護師といった医療の現場の周辺まで丁寧に描かれていく。

 元厚生労働省の官僚で末期がん患者のエピソード「プラレールの日々」では、超高齢化社会と人口減少、そして現在の国民の医療費など日本の医療の現実が語られると同時に、夫の看護に疲弊した妻への一時休暇、レスパイト・ケア(介護者の休息)の取り組みまでもが描かれる。マクロからミクロまでの在宅医療を見事に物語によってフォーカスしている印象深いエピソードだ。

 また「スケッチブックの道標」では死を迎える妻を看取る夫の狼狽えぶりに対して咲和子はスケッチブックを使って夫に「死についてのレクチャー」を行う。医療従事者でもない一般の人は、現実を簡単に受け入れられるほど“死”についてはほとんど知らないのだと改めて思い知らされる話だ。

 しかし本書には温かな希望もまた灯っている。「ゴミ屋敷のオアシス」では、荒れた自宅で風呂場にこもりっきりの老女が、人と出会い、会話をし、心を通わすことで生きる力を取り戻す。日常生活もふくめて患者に寄り添うことで“治療”を行うことができた温かな話だ。

 在宅医療では様々な病状から、専門医ではなく、オールラウンドな医療が可能な医師が必要とされる。一方で、「医療の主導権」が医者ではなく患者にあり、治療の方法を患者が選択することができるようコーディネートするのも、また在宅医療のひとつの方法であるとするエピソードなども登場する。自宅を治療の拠点とする考えや、患者と医者との情報の非対称性の解消など、治療=病院という固定した視点とは違った景色を見させてくれる。

 そして本書は「尊厳死」という大きな医療の課題にも触れていく。作中の医療のタブーについて議論の呼び水となるような問いかけは、多くの人にこの「尊厳死」について考えてほしいという著者の思いが強く伝わってくるようだ。

 著者の南杏子氏はデビュー作『サイレント・ブレス』でも在宅医療から終末医療、医療のジレンマなど様々な医療の課題を、時に軽やかに時にミステリアスにと多彩に描きつつも、そのまなざしはとても真摯だ。本書『いのちの停車場』と併せて著者の巧みなストーリーテリングをぜひ堪能してほしい。

文=すずきたけし

あわせて読みたい