「忘れてもらうための政治」に言葉を尽くすことで抵抗する、武田砂鉄の新著『偉い人ほどすぐ逃げる』

社会

公開日:2021/6/4

偉い人ほどすぐ逃げる
『偉い人ほどすぐ逃げる』(武田砂鉄/文藝春秋)

 ある権力者の疑惑が報じられる。報道によると、状況は限りなくクロに近い。だが疑惑の張本人は、答えにならない答えや、明らかに無理のある言い訳を繰り返すのみ。その部下が罰を受けることはあっても、本人はのらりくらりと追及をかわし続ける。

 追及する側は苛立つ。報道を目にする世間も苛立つ。だが追及をやめずにいると、「いつまでやってんの」「毎日何かに怒っている人ばかり」という声が目立ち始める。そして次第に追及の声は止み、疑惑はみなの記憶から忘れられていく……。

 一体、このような事態が何度繰り返されてきたのだろう。追及を止めないどころか、声を上げることすらバカらしくなり、久しぶりに「モリカケ問題」のような文字を目にすると「そんなこともあったねぇ」なんて懐かしい気持ちになってしまう人も多いはずだ。

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 だが、ライターの武田砂鉄氏は「忘れてもらうための政治」に抵抗をつづける。そんな政治の惨状を鋭く・丁寧に描写しつづける。その政治を下支えするメディアや、SNSで“冷静な自分”を演出するために、人の怒りの感情をないがしろにする著名人の姿勢も問題視する。

 なお、「忘れてもらうための政治」とは、彼の新刊『偉い人ほどすぐ逃げる』(文藝春秋)の第1章の副題。武田氏は同書で、「どんな悪事にも、いつまでやってんの、という声が必ず向かう。向かう先が、悪事を働いた権力者ではなく、なぜか、追求する側なのだ」と書いている。下記のツイートは同書にもまるまる引用されているものだが、「まさに!」と頷きたくなる人は多いだろう。

https://twitter.com/takedasatetsu/status/1240472333904576513

「最近の世の中、おかしなことばかりだよね」と言う人は多いが、武田氏はその「おかしさ」について、「何が・どうおかしいのか」を“ねちっこい”と言えるほどのしつこさで書いている。そして、その怒りに満ちた文章は「おもしろい文章」でもある。以下は、渡邉美樹参議院議員(当時)の発言が、国会の議事録から削除された件について触れたあとの文章だ。

二五日に開かれた自民党の党大会では、出席者に記念品として安倍晋三首相の似顔絵入りマグネットが配られたという。水性ペンで書いては消して何度でも使えるもので、パッケージには「書いて消せる!」という文言が躍っていたが、公文書も議事録も「書いて消せる!」のだ。『偉い人ほどすぐ逃げる』より

 約束を守らず、ウソをつき、書類を改竄・破棄してしまう人達に対して、著者は“言葉を尽くすこと”で抵抗をつづけている。その書きぶりのしつこさ自体が、言葉を軽んじる人達へのアンチテーゼになっている1冊だ。

文=古澤誠一郎

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