悲しいのは自分だけじゃない。「ごく普通の人々」のドラマを通して、読者に寄り添うノンフィクション・コラム!

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公開日:2021/6/6

晴れた日にかなしみの一つ
『晴れた日にかなしみの一つ』(上原隆/双葉社)

 悲しみは、誰にだって存在する。幸せそう、楽しそうと傍から見える人にだって、心の奥底に忘れられない過去や苦悩が横たわっていたりする。人の数だけ物語がある。人の数だけ涙がある。上原隆氏による『晴れた日にかなしみの一つ』(双葉社)は、そんなことに気付かせてくれるノンフィクション・コラム集だ。

 新婚の息子をひき逃げ事故で亡くした父親、希望退職を強いられたサラリーマン、パチンコ中毒の妻に悩まされる夫、アルコール依存症の母親を許せなかった息子、「婚活」に翻弄される男女、何の仕事をしても要領が掴めない博士号取得者…。本書の20のコラムに登場するのは、決して特別な人たちではない。どの人物も、私たちの近くにいたっておかしくはない、ごくごく普通の人たちだ。そんな人たちに、著者はスポットライトをあてていく。彼らの悲哀や苦悩、挫折に優しい視線を向けていく。著者の丹念な取材と鋭い人間観察力が垣間見られる温かな文章には誰もが惹き込まれてしまうことだろう。

 特に、心に残ったのは、「葬送の海」というコラムだった。描かれるのは、「葬送の自由をすすめる会」が主催する駿河湾での合同葬。海に大切な人の遺灰を撒く遺族たちの様子とともに、会の立会人・青柳恵介さん(62歳)の過去が綴られていく。青柳さんは2年前に妻を亡くし、遺灰を海へと散灰した。青柳さんが57歳の時、妻は鬱病にかかり、毎日「死にたい」と言い続けていたのだという。そして、去年、青柳さんが外出した2~3時間の間に、妻は自ら命を絶ってしまった。遺書には「誰にも死顔を見せないで、あんたひとりで散灰して」との文字。「こうして海を見ているとどうしても思い出しちゃうんですよね」。考えないようにしていても、どうしても考えてしまう。「なんでもっと生きたいっていう方向に気持ちをもっていってやれなかったのかって……」彼の目は涙でふくらみ、言葉が続かない。

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 この本には、さまざまな悲しみを抱えた人が描かれる。身近な人を喪った人、仕事がどうやってもうまくいかない人、恋愛が不得手な人、父や母との関係に問題を抱えている人、明日への希望が見いだせない人…。きっと自分と似た苦悩を抱えた人に出くわすことだろう。そして、その悲しみに触れるにつれ、「ああ、つらいのは、自分だけではなかったのだ」という事実に気付かされていく。

 コラムを読めば読むほど、この作品に登場する人々のその後の幸せを祈りたくなった。いや、世の中の全ての人の幸せさえ願いたくなった。胸に残る静かな余韻。このノンフィクション・コラムを読むと、人間という生き物が、人生というものが、愛おしくてたまらなくなる。

 辛い現実に打ちのめされそうになった時、この本はきっとあなたを救い出してくれる。あなたの心にもじんわりと感動が染み渡るに違いない一冊。

文=アサトーミナミ

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