共感したあなたは「めんどうな人」? 文芸界注目著者が描く、空気が読めない女性の日々

文芸・カルチャー

公開日:2021/6/9

雨夜の星たち
『雨夜の星たち』(寺地はるな/徳間書店)

 思うに、空気は「読む」ものではなく、「吸う」ものだ。自分らしくいられるように深呼吸。誰にも気を遣わず、そのままの自分で受容されたいのに。だが、世の中は、空気を読まない人を認めない。見えないものを察することが常識で当たり前で礼儀なのだという。しかし、空気を読むことが、そんなに大切なことなのか。空気が読めなくても、もしくは、読めたとしても、無視するという選択肢があってもいいのではないだろうか。

『雨夜の星たち』(寺地はるな/徳間書店)は、空気をとことん読まない、他人に興味のない女性を描いた物語。『夜が暗いとはかぎらない』(第33回山本周五郎賞候補)や6月に第9回河合隼雄物語賞を受賞した『水を縫う』(第42回吉川英治文学新人賞候補)などで今、注目を集める作家・寺地はるなさんが、「めんどうな人」の機微を描く一冊だ。

 主人公は、三葉雨音・26歳。彼女は、他人に感情移入することができない。元々は、損害保険会社で経理事務の仕事をしていたが、同僚・星崎聡司の退職を機に退職し、無職になった。そんな彼女はある時、他人に興味を持たないことを長所として見込まれ、「お見舞い代行業」にスカウトされる。移動手段のないお年寄りの病院送迎や雑用をこなす「しごと」を始めることになるのだ。

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 三葉は、できないことは、やらないし、やりたくないことも、決してやらない。「普通はこうだ」というような曖昧なルールに従って行動することもない。彼女のそんな態度に激怒する人や「可愛げがない」と呆れる人もいる。だが、三葉は、いつだって感じたことをしっかり主張する。そのストレートさは、実態のないその場の「空気」なんかよりも、よっぽど信じられるもののように思えてくる。

 どうして三葉はこんなに面倒な性格になったのだろう。その原因のひとつには母親の存在があるのかもしれない。三葉をはじめとして、登場人物たちは、母親に悩みを抱える人たちばかり。母親は自らが求める方向に子どもを誘導しようとし、子どもはそれを息苦しく感じる。思いがけないことが心の傷になることもある。母子どちらの立場も理解できるがゆえに胸が痛くなったのは私だけではないだろう。

かつて「毒親」という言葉がはやったけど、この世に毒にならない親などひとりもいないのではないだろうか。毒の濃度はさまざまだろう。でも、運悪く毒が濃いめの親のもとに生まれてしまったからと言って、そこですべての人生の勝負が決まるわけじゃないと思いたい。

 この小説で描かれているのは、誰もが抱える生きづらさ。「めんどうな人」であるはずの三葉にどういうわけか共感させられてしまうのは私だけではないはずだ。そして、たくさんの人との出会いの中で、少しずつ他人に興味を持ち始め、自分なりの正しさで生きようとしていく三葉を応援せずにはいられなくなった。その場の「空気」とか、常識よりも、大切なものがきっとあると思わせてくれる一冊だ。

文=アサトーミナミ

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