「ウンチ化石」から広がる世界! 蘊蓄(ウンチく)と含蓄に富む知(チ)的なサイエンスロマン

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公開日:2021/6/13

ウンチ化石学入門
『ウンチ化石学入門』(泉 賢太郎/集英社インターナショナル)

「ウンチをコレクションしている」と人に言ったら、ちょっと変わっていると言われてしまうかもしれない。『ウンチ化石学入門』(泉 賢太郎/集英社インターナショナル)は、コレクションの話ではなくウンチの研究本なのだが、さらに珍しい点がある。それは、著者が古生態の研究者で、別名「ウンチ化石ハカセ(とりわけ地味な方)」を自称していること。世の中にはウンチを題材にした『うんこドリル』といった書籍や『うんこミュージアム』のような企画が多数あり、著者は「ウンチに学び、ウンチを学ぶ」現状を「ウンチブーム」と呼んでいる。とはいえ、ウンチと化石を結びつけた専門書はレアなのではないだろうか。本書はガチガチの専門書ではなく、ウンチの魅力、もといウンチ化石の魅力を読者に伝えるためのエッセイ本。著者も、「肩の力を抜いて読んでいただきたい」と述べている。

「生痕化石」と「体化石」

 化石というと恐竜や動植物など、生物の遺骸が地層中に保存されたものを思い浮かべる人が多いと思われる。それらは「体化石」と呼ばれるもので、古生物の足跡などの行動の痕跡は「生痕化石」(せいこんかせき)と呼ばれ、ウンチ化石はそちらに含まれる。生痕化石が科学的な見地から研究されるようになったのは15~16世紀とされており、「生痕学の父」と称されている人物は、かのレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519年)だそうだ。

 ダ・ヴィンチといえば本稿の本に関するニュースサイトの名前にも冠してあるが、美術の分野のみならず「数学・物理学・気象学・天文学・地質学・鉱物学」など数え切れない分野に足跡を残している天才。残念ながら天才に先見の明がありすぎたためか、「生痕化石は過去の動物の行動の痕跡が地中層に保存されたものである」という共通認識が学界全体で得られるようになったのは、400年近くも経った1880年代に入ってからのこと。また、20世紀に第1次世界大戦が勃発すると、戦争に必要な技術革新に直結する研究が優先されたため自然史の基礎研究は停滞し、その一分野である生痕化石もまた置き去りにされてしまったという。

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ウンチの化石は、化石の「肥溜め」

 下水道が整備される以前の農家では、ウンチを肥溜めに貯蔵して肥料にしていたわけだが、ここでの肥溜めとはそういう意味ではない。本書によれば、日本人研究グループが「良質な化石保存場所としてのウンチ化石」に関する論文を、古生物学における国際学術誌に投稿して掲載されたそうだ。

 脊椎動物と無脊椎動物とではウンチが化石になるプロセスが異なるものの、前者の場合はウンチに燐灰石(リン酸塩鉱物の一種)が含まれており、ウンチが砂や泥に埋没すると微生物の作用により鉱物化するという。体化石ならば骨や殻といった硬組織は分解に対する耐性があり、地層中で化石として保存される可能性が高いのに対して、目や筋肉などの軟組織は微生物の活動によって早く腐敗し分解されてしまう。しかし、周囲の環境から隔絶された特定の条件下では非常に保存状態の良い化石となることがあるのだとか。つまり、別の動物に捕食され排泄されたウンチの中ならば、化石保存の鍵となるリンが供給されて遺骸の保存が促進される。そこで研究グループは、この化石の保存プロセスを「汚物だめ(≒肥溜め)保存」と命名した。

 

首長竜、実は恐竜じゃない!

 恐竜ファンであれば、映画『ドラえもん のび太の恐竜』に登場する「ピー助」が恐竜ではないことを知っている人もいるだろう。作中でも「首長竜」と語られているように、骨格はもちろん生態も恐竜とは大きく異なるという。

 著者は大学4年生のときに地層や化石の研究室に入りたいと思い先生方に相談したところ、恐竜の化石が出るのは海外が多いから海外で研究することを視野に入れないといけないと言われたそうだ。また同時に、実験室内での研究やコンピューターシミュレーションよりも、野外調査のほうに魅力を感じて、生痕化石の研究者となったのだとか。そんな著者が富山県内で発見したのが、首長竜のウンチである。

 あくまで周辺の地層がジュラ紀前期に浅い海の底で形成された地層であることと、発見したウンチの化石に魚の鱗が見られ「肉食の海棲動物のウンチ」と考えられること、そしてその地層から首長竜の歯が見つかったという報告から推定したものであり、一種のバイアスがかかっているのだが、それが必ずしも否定的でないところが興味深い。というのも、化石の発見は努力だけではなくセンスも必要だからだ。同じ現場を調査しても「ポンポンと化石を見つける人もいれば、全然見つけられない人もいる」という。著者によれば、「見つけたい化石の特徴や地中層での産状」を頭の中にイメージして地層を見ている人が発見できるのだとか。

 本書には、「自分のウンチを化石として残すには?」という方法についても語られているが、発掘するのではなく自身のウンチを化石にするさいには、くれぐれも近所迷惑にならないようにお気を付けを。

文=清水銀嶺

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