大食い選手権で狙うのは優勝だけじゃない! アスリート顔負けの女性フードファイターが目指すのは――?

文芸・カルチャー

公開日:2021/6/23

エラー
『エラー』(山下紘加/河出書房新社)

 テレビで定期的に放映され、根強いファンを持つ「大食い/早食い選手権」系の番組。89年に特別番組内のコーナーとして始まり、その後「元祖! 大食い王決定戦」を筆頭に様々な大会が開かれた。山下紘加氏の『エラー』(河出書房新社)は、そんな大食い番組をモデルにしたリアルな設定が光る小説。執筆にあたって、かなり綿密な取材を行った痕跡が窺える。

 主人公は「真王」という女性大食い大会で連続優勝中の一果。彼女はスーパーで短時間のアルバイトをしながら、残りの時間をほぼすべて大食いのトレーニングに費やしている。恋人のサポートも受けながら、ストイックに大食い道を究めんと奮闘する一果。果たして、最大のライバル・水島との頂上決戦はいかに!?

 こう書くとスポ根ものかと思われそうだが、根性論で勝った負けたを描いた小説ではない。むしろ、一果を初めとするフードファイターたちは、自分たちの職業が理性的でプロフェッショナルでなければ務まらないというプライドや矜持を持っている。精神論に走ることなく、理にかなったトレーニング方法を採用しており、その姿はアスリートそのものだ。

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 ただ、大食い番組にはプロデューサーがおり、度々テレビ向けの演出を施そうとする。大食い番組は試合でありながら、同時にエンターテインメントであることが必要とされるのだ。「真王」で視聴者が期待しているのも、分かりやすいストーリーやキャラクター。一果のルックスもそうした思惑に合致した。

 こんなに細くて可愛い子が、ニコニコしながら想像もつかない量をたいらげていく。一果はそれまでのフードファイターになかったキャラクターで一躍注目を浴びる。ただ早く食べる、たくさん食べる、じゃない。容姿端麗でありながら、大会では野生動物のような獰猛さで食べ物にかぶりつく。そのギャップに萌える人がいるというのは、分からない話ではない。

 一果の目指すものはなにか。大会で優勝することはもちろんだが、優勝賞金目当てでも、目立って芸能界に進出することでもない。事実、彼女は大食い以外のテレビ番組への出演依頼はすべて断ってきた。では、フードファイターとしての彼女をそこまで突き動かすものは果たしてなんだろう。水島に勝ちたい? いや、それだけではない。そんな疑問には以下の独白が対応している。

私は、私の底を知りたかった。おそらくずっとそう思ってきたのだ。隙間なく食べ物を詰め込んだ先に、恵まれた身体の奥行きの先に、コントロールし得ない領域まで達した時の自分の最奥部を知りたかった

 実際の大食い番組でギャル曽根に勝利したフード・ファイト界のレジェンド、菅原初代氏は番組スタッフから「もっとほかの出場者を見て争っている感じを出して」と忠告され、「私は誰とも争っていません」と言い放ったという。一果の心境も同じだったのではないか。他者からの評価よりも、いかに自己最高記録を更新するか。限界を突き破れるか。彼女はそんな孤独な闘いを幾度となく勝ち抜いてきたのだ。

 そんな一果から女王の座を奪ったのが先述のライバル・水島である。一果は彼女に敗れこれまでにない挫折を味わうが、紆余曲折を経て立ち上がる。そして迎えた、一果と水島の(本書での)最終決戦。ここが最大の読みどころなのは間違いない。

 大食い大会では、開始直前に人格が変わったように異常なハイテンションになる選手も多く、いざ食べ始めると一果らフードファイターは「ゾーン」に入ることも度々ある。「ゾーン」とは、アスリートが極度の集中状態にあり、それ以外の感情を忘れてしまうほど競技に没頭している状態のこと。スウィッチが切り替わったようにこのモードに入った一果らが、デカ盛り料理をたいらげていく描写が実に生々しく秀逸だ。

 勝ち目がないと分かっていてもどうしても食べ続けてしまう。終了のゴングなど聞こえないほど咀嚼に没入してしまう。そんな彼女たちの孤独なファイトが最後の最後まで胸を打つ。最大のヤマ場は棹尾を飾る決勝戦で、一果と水島とのつばぜりあいの果てに待ち受けているラストは、あまりにも凄絶だ。このラストシーンに辿り着くためだけにでも本書を通読する意義がある。そう断言したい。

文=土佐有明

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