愛する人にふれてはいけない――難病におかされた彼女に僕は恋をした。孤島を舞台に繰り広げられる残酷で美しい愛の寓話

文芸・カルチャー

更新日:2021/6/28

砂時計のくれた恋する時間
『砂時計のくれた恋する時間』(扇風気周/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 将来への夢も希望もなく、漫然と生きることにうんざりしている高校生の秀星。自殺希望のスレッドをインターネット上に立てたところ、笹音という女性からメールがくる。不治の病を患い、間もなく死んでしまうという彼女と共にひと夏を過ごすことになるのだが――。

 恋愛小説には時として、〈初恋〉や〈難病〉、〈同居〉といった要素が入っているものが見受けられる。これらは人気要素であるが、それだけに取り扱いには注意が必要だ。一歩まちがえたら他作品との差別化を図れず、埋没してしまう恐れがある。その点で、本作『砂時計のくれた恋する時間』(扇風気周/メディアワークス文庫/KADOKAWA)はこの3要素が絶妙に絡み合っている。

 笹音の病気、“白砂病”は全身がじょじょに石化して、最後には砂になるという難病だ。致死率100%、加えて感染症でもある。患者に残された時間を測る医療用の機械として随所に登場する砂時計が、この病気の寓話性と残酷さを際立たせる。

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 患者たちは東海地方の小さな島で暮らしている。美しい海と山、草原に森と、一見リゾート地然としているけれど、この島全体が世間と隔絶された隔離施設だ。少し前までは他に2名の患者がいたが、現在は笹音のみ。彼女はたったひとりできたるべき死を待っているという状況だ。

 そこへ、自殺志望者の秀星がやってくる。

 親の敷いたレールの上を走ってきた彼は、ある出来事を契機に自分の人生に疑問を抱く。心の底から叶えたいと切望する夢もなく生きることに、何の意味があるのだろう。ただ死なないためだけに生きていくくらいなら、自分で自分の人生に終止符を打とう。

 そう考え、生涯最後と決めた夏を笹音と過ごす決意をする。彼女の余命はこの夏いっぱい。おまけに病気がうつる可能性もある。それでもいいのかと念を押す笹音だが、秀星にとってはむしろ願ったりである。

 かくして、死を前提としたうえでの同居生活がはじまる。

 最初のうちは2歳年上の笹音がイニシアチブをとっていた。どこか楽しげに秀星を翻弄し、ふたりきりの小島という舞台装置も効果的に活かし、恋愛ごっこを演出する。美しく聡明で明るい笹音に翻弄されるうち、秀星は“ごっこ”ではなく本当に彼女が好きになってゆく。それは彼にとって初めての恋であるのと同時に、最後の恋でもある。

 そんな秀星の想いを察して笹音は言う。「白砂病患者は、ひとを好きになっちゃいけない」と。接触したら感染する。だから、好きなひとであればあるほど、遠ざけなければならない……と。

 それに対して秀星は答える。

「今の僕には、夢があります。病気が治ったあなたと、ずっと生きていくことです。それはたぶん……叶いません。それなら僕は、笹音さんと一緒に死にます」

 彼女と出会ったことで彼は夢を見つけた。生きるのも、死ぬのも、彼女と分かちあいたい――それはほとんど求愛に近い告白だ。そうして終盤、笹音が最後の石化を迎えた瞬間から物語は大きく転回し、予想もつかない未来へとふたりを、そして読者を引っ張っていく。

 この文章をここまで読んで少しでも興味を惹かれた方は、迷わず手にとってみてほしい。〈初恋〉〈難病〉〈同居〉という恋愛ジャンル鉄板の3大要素を踏まえつつ、読む側の予想を軽やかに裏切る鮮やかな結末に到達している。

文=皆川ちか

砂時計のくれた恋する時間

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