心臓に病を抱えた少女が、“生きる意味”を探すために医者をめざす! マンガ『ヒポクラテスの卵』

マンガ

公開日:2021/6/22

ヒポクラテスの卵
『ヒポクラテスの卵』(ススキノ海/白泉社)

『ヒポクラテスの卵』(ススキノ海/白泉社)の主人公・あかりが医者をめざす理由は、マンガで描かれるにはちょっと珍しい。〈いつ止まるかわからない心臓に怯えながら毎日を過ごすなんて そんな人生何の意味がある〉。幼いころ、実の父がそう言っているのを聞いて以来、自分の人生はむだじゃなかったと証明しようと医者をめざすことに決めた彼女は、心臓に爆弾を抱えながら必死で勉強し、東成大学の医学部に入学した。

 もちろん、自分と同じように健康に不自由している人たちを救いたい、という想いもある。幼いころから自分を救ってくれた医療への感謝もあれば、医者たちへの尊敬もあるだろう。むしろ、あるからこそ医者という職業を選んだのだ。自分の存在理由を証明するため、というのはともすれば不純な動機にも聞こえるけれど、“なぜ生きるのか”という根源的な問いを抱え続けてきた彼女は、誰より医者に向いているのかもしれない、とも読みながら思う。

 それにしても、なんてひどいことを言う父親だろうと、他人事ながら腹がたった。娘を心配するどころか、生きる意味がないみたいな言い方!! と思ったけれど、ふと考えてみれば私たちは日常で、あまりにもたやすく、意味があるとかないとか口にしてしまっている。病状によっては自己責任だとか、歳なんだからしょうがないとか、冷徹にジャッジしてしまいかねないなかで、「どんな人にだって、生きる意味は見つけられるはずだ」と知っているあかりは、患者に心から寄り添うことができる。

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 それが顕著だったのが、実習で知り合った偏屈な老人とのエピソード。彼の患っているパーキンソン病は、絶対に治らないといわれている。「治せないのに何のために医者になるつもりだ」と言われた彼女は、それでも未熟な自分なりにできることを探そうと、病の詳細について調べ、彼の身に起こりうる危険をとりのぞこうとする。そして、そんな彼女に同級生の優斗は言う。〈人が研究を続けていれば どんな病気もいつか治せるようになる〉〈50年先か100年先かわからないけど いつか誰でも生きるのがあたり前の世の中になる〉と。それは彼自身、治らないといわれている病気を10年も患っている母親と暮らしているから。やがてあかりは、優斗の母親とも知り合うのだけれど……。

 親しくしている医者に、研究者に向いていると言われた優斗。人がいいから臨床に向いてるよ、と言われたあかり。タイプのまるで違う2人が、同じ場所を志して成長していく姿は、読んでいくだけでじんとくるし、生きるとは何かということについても考えさせられる。

 ちなみに「ヒポクラテス」というのは医学の父ともいわれる古代ギリシャの医者。病を迷信や呪術と関連づけて考えがちだった時代に、あくまで医術にのっとった治療で、患者の未来を切り開こうとした人であるらしい。その意志を受け継ぐあかりと優斗の紡ぐ物語は、きっと、誰もが明日への一歩を踏み出す勇気をもらえるものであるに違いない。

文=立花もも

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