読字障害を乗り越えた大人気作家の裏の顔とは? 人間の狂気にゾクっとするミステリー小説『仮面』

文芸・カルチャー

公開日:2021/6/30

仮面
『仮面』(伊岡瞬/KADOKAWA)

 人はこんなにも、悪魔になれるものなのか…。伊岡瞬が生み出した大人気小説『代償』(KADOKAWA)は、そんな衝撃を与え、読者を戦慄させた。

『代償』以外にも『本性』(KADOKAWA)や『悪寒』(集英社)など、人の中に潜む狂気にゾクっとさせられる作品を数多く世にはなってきた伊岡氏は、心に悪が棲みついた人間を書くのがバツグンに上手い。綿密に作り込まれた恐怖には、毎回絶賛の声が寄せられている。

 だが、新作『仮面』(KADOKAWA)はこれまで以上に恐ろしいミステリー小説。なぜなら、人間の中に潜む“怪物”の怖さを痛感させられるからだ。

advertisement

知的でハンサムな大人気作家の「本当の顔」とは……?

 作家・三条公彦は幼少期の不運な事故が原因で、文字が認識できない「読字障害」に。一時期は自暴自棄になりかけたが、福祉行政を学ぶべく、アメリカの大学に留学した後、選挙運動で主要ブレーンを務めた。

 帰国後は、壮絶な半生を記した著書を出版。障害を乗り越え、未来を切り開いた強さが人々の心を掴み、一躍、時の人となった。現在は執筆活動の傍ら、政治評論家や社会福祉評論家としても活躍。華々しい日々を送っていた。

 一方、その頃、世間では雑木林の中からパン屋経営者の妻が白骨遺体で発見され、大きなニュースに。その後、被害者女性の知人・新田文菜が行方不明になったことから、刑事の宮下真人と小野田静は安否を探っていた。

 失踪から3週間以上経った頃、事態は急展開。なんと、文菜名義で借りられていたアパートの一室から彼女ではない女性の全裸遺体が発見されたのだ。

 果たして、三条はこの2つの事件に関与しているのか。そして、彼の真の顔とは一体……? 恐怖の先であなたは目を見開きたくなる衝撃の事実を目の当たりにする。

心で「怪物」を育てない人生の築き方とは

 本作には、良き妻を演じつつ、夫の友人と不倫する女性や、大成功をおさめながらも、権力を盾に女性を自分のものにしようと企む大企業の次期社長など、真犯人以外にもさまざまな人の仮面をつけた生き方が描かれる。彼らの姿を見ていると、自分の身近にいる親しいあの人は、どんな仮面をどれだけ持っているのだろうかとも考えさせられてしまう。

 心許せると思っている人が自分に見せている優しい顔も実は仮面のひとつで、もしかしたら、その心の中には禍々しい怪物が棲んでいることもあるのかもしれない。そう想像すると、身近にいる人の真の姿が怖くなる。

 そして、それは自分自身にも言えること。人はみな、そんなに強くはないから本当の自分を隠すため、魅力的に見える仮面を被ってしまう。だが、仮面で隠せば隠すほど未熟で弱くて、どうしようもない「本当の私」はどんどん生きづらくなり、自分でも気づかないうちに恐ろしい怪物を心の中で育ててしまうこともあるのではないだろうか。

 聖人君子になれない私たちは時に誰かを妬んだり恨んだり、自分の幸せを守るために誰かを蹴落としたくなることもあるものだ。けれど、そうした感情を怪物を育てるエサにするのではなく、自己成長の糧にできたら、仮面に頼りすぎない生きやすい人生が手に入りそうだ。

 自分自身の生き方についても考えさせてくれる本作は単なるミステリー小説ではなく、人生処世本のようでもある。

文=古川諭香

あわせて読みたい