11月4日は坂口安吾がライスカレー100人前を注文させた日! 珍記念日も知れる『文豪きょうは何の日?』

文芸・カルチャー

公開日:2021/7/2

文豪きょうは何の日?
『文豪きょうは何の日?』(立東舎)

 近ごろは文豪をモチーフにしたアニメや漫画、ゲームが話題になることも多い。しかし、それでも、後世にまで語り継がれる名作を生み出した文豪は、なんとなく遠い存在のように思えてしまう。

 そんな印象を変えてくれるのが『文豪きょうは何の日?』(立東舎)。本書は文豪にまつわる出来事を、1月1日から12月31日までの366日分紹介。代表作関連や誕生日、命日といった公的な記念日だけでなく、恋愛や他作家との交流、学生時代の思い出なども掲載。

 歴史上の出来事も併記されているため、それらと比較しながら文豪の人生を楽しむことができる。

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田中義一内閣が発足した1927年にはどんな「文豪記念日」が?

 特定の年に着目し、時代の風を感じながら文豪たちの人生を追体験する――。そんな楽しみ方ができるのも、本書の醍醐味。例えば、田中義一内閣が発足した1927年には衝撃的な記念日がたくさんある。

 中でもユニークなのが、『あめりか物語』や『おかめ笹』といった代表作を生み出した永井荷風がハプニングに見舞われた、1月23日。この日はなんと、あまりの寒さで永井宅の水道が凍ってしまい、昼頃まで水が出なくなってしまったのだそう。当人としては困り果てる出来事だったはずだが、こんな風に記念日として記されていると、つい顔がほころんでしまう。

 そして、世間を震撼させたのが7月24日に起きた芥川龍之介の服毒自殺。この訃報を受け、弟子の堀辰雄は大きなショックを受けたが、その後は芥川全集の編集に携わったそう。芥川の命日となったこの日は彼が手掛けた小説『河童』にちなみ、河童忌と呼ばれている。

 なお、この年には、芥川の自殺に絡んだプチ騒動も。それは7月29日のこと。銀座の「カフェー・タイガー」で休憩していた永井荷風は見知らぬ男から芥川の自殺について尋ねられたが、酒代を狙って喧嘩を吹っ掛けてきた無頼男だと推察。トイレへ行くふりをして、店外へ逃げ出したのだそう。

 たくさんの喜怒哀楽を日常の中で感じながら、1日1日を生きていた文豪たち。その姿から私たちは笑いや感動と共に、今日を生きるパワーも貰う。

友情エピソードと黒歴史の両方を知る「坂口安吾の記念日」

 大好きな文豪がどんな暮らしをしていたのか、知りたい…。そう考え、作家名に着目しながら本書を楽しんでみると、文豪同士の交流がうかがえる記念日が多々あることに気づき、胸が熱くなった。

 例えば、近代文学を代表する作家のひとりである坂口安吾には微笑ましい友情エピソードが。それは1948年6月15日のこと。太宰治の失踪を聞いた田中英光が坂口宅を訪問。2人は、激励する手紙を太宰に送ったのだという。

 また、翌年の6月23日には獅子文六や今日出海、永井龍男、石川達三らと戦後初の文壇野球チームを結成し、文藝春秋チームと対戦。結果は12対12の引き分けとなったが、アクティブな催しで親睦を深めた。なお、坂口は川端康成とも交流があったようで、1951年5月28日には彼の紹介でコリーの仔犬を飼い始めている。

 なお、微笑ましい記念日がある一方で、坂口には黒歴史とも言える記念日も。1951年11月4日に薬の大量服用で半狂乱となった坂口は、なんと檀一雄の自宅へライスカレーを100人前注文させたのだという。

 そんな坂口は1955年2月17日に死去。2月21日に青山斎場で行われた葬儀では川端康成や佐藤春夫、青野季吉が弔辞を読み上げた。笑顔も苦しみもあった坂口の暮らしは、毎日が満たされているわけではない自分の日常とどこか重なるからか親近感が湧き、他の文豪の記念日も気になってくる。

 本書には、内田百閒が妻の提案で初めてキュウリの味噌汁を食べた日や、女性から財布をプレゼントされた芥川龍之介が家族をごまかすため、友人に口裏合わせを頼んだ日など、他にもユニークな記念日も盛りだくさん。

 ちなみに、明日7月3日は川端康成が一夜漬けで学校の試験に臨み、クラスでもっとも早く提出したという、なんとも仰天させられる出来事があった日なのだとか。そして本日7月2日はというと、与謝野鉄幹・晶子夫妻の次男・秀が誕生した日。名付け親はなんと、詩人・随筆家として名を馳せた薄田泣菫だったという。

 ぜひ、長い文学史の中で交差し合っていた文豪たちの人生に触れ、今なお語り継がれる名作の数々をより楽しんでみてほしい。

文=古川諭香

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