“視える”力を持つ少女と、心に深い傷を持つ少年修験者の恋の行方は…? 異色にして王道の現代和風ファンタジー!『まほろばの鳥居をくぐる者は』

文芸・カルチャー

公開日:2021/7/3

まほろばの鳥居をくぐる者は
『まほろばの鳥居をくぐる者は』(芦原瑞祥/KADOKAWA)

 神社に生まれた少女、宮子は“人ならざるもの”を視る力を、幼い頃から備えていた。12歳の夏、高名な修験者の内弟子となった同い年の少年、寛太と出会う。成長するにしたがって宮子は寛太に恋心を抱くようになるが、彼の心には悲しい怒りと憎しみが渦巻いていた――。

 幅広い世代の女性が楽しめるエンターテインメント小説の新人賞〈ビーズログ小説大賞〉。「ファンタジー部門」と「現代部門」の二部門が設けられており、2019年度「現代部門」特別賞を受賞した芦原瑞祥さんの『まほろばの鳥居をくぐる者は』(『かけまくもかしこき』より改題)が、このたび書籍化された。

 舞台は、修験道発祥の地としての歴史が深い奈良。亡き母譲りの“視える”力を持つ宮子は、周囲の子たちからは不気味がられて、いつも独りぼっちだった。ある日、地面の穴に下半身が埋まっている少女を助けて、その子、沙耶と親しくなる。宮子にとって生まれて初めてできた友だち。しかし実は沙耶は幽霊なのだった。

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 それを宮子に指摘するのは、少年修験者の寛太だ。

「あいつ、もう死んでるぞ」

 寛太からそう言われ、沙耶が非業の死を遂げたことを知った宮子は、悩んだ末に彼女を行くべき所へ送り出す決意をする。

 それまでずっと疎んじていた、自らのふしぎな力。幽霊が視えたり、光の粒を操ったり。そんなことができるがために友人ができず、つらい思いをたくさんしてきた。だけど今、宮子は友だちの魂を救うため、抑え込んでいた自分の力を解き放つ――。

 本作は全4章の構成で主人公の成長が描かれる。第1章は、自分の力を受け入れていこうと決意する12歳の宮子の話。第2章は、寛太への恋心を明確に意識する出来事が14歳の宮子に降りかかる。そして第3・4章では、人生の岐路に立ち、少女から女性へと移り変わっていこうとする宮子の姿が綴られる。

 12歳から18歳までの6年間、宮子の傍らにはいつも寛太の存在があった。

 理不尽な事件で母親を亡くし、壊れそうな心と向きあうために修験道の道へ入った寛太。出会った当初は自分にだけ不愛想な態度をとる彼に、宮子は反発を感じていた。しかしそれは“視える”力を持つ彼女に、自分が抱えるどす黒い感情を視られたくないからだった。宮子の能力が分かる寛太もまた、同じ力を持っていたのだ。

 同じ感覚を有する者同士、2人の間に共感が生まれる。それは少しずつ、少しずつ色濃い感情となっていき、やがて恋心に熟成していく。

 しかし寛太は、自らをいっそう厳しく律するために「女性と一切接触しない」という戒を立ててしまう。彼のその誓いに、自分の気持ちを拒絶されたとショックを受ける宮子。けれど寛太の心にある癒しがたい傷にふれ、彼を救いたいと心から願う。そう、かつて大切な友だちの沙耶を助けたいと思ったときのように。

 第3章から4章にかけての部分が、この物語の肝の部分だ。作品世界の底に絶えず流れていた宗教的な要素が、ここへきて宮子と寛太の“ラブストーリー”とがっちりと絡みあう。

 男女として結ばれないのなら、せめて宗教者として寛太の目指すものを理解し、志を共にしたい宮子。そんな宮子の想いを知りつつも、自分で自分に課した戒にがんじがらめになってゆく寛太。

 宗教と恋愛。一見なじみのない組み合わせに真摯に挑んでいるところに、この作品独特の品格が生まれている。著者の芦原さんの父親は神主さんだという。そんな背景からだろう、宗教者の姿が家族視点から具体的に詳細に描かれていて、仏教、神道、修験道の価値観や宗教観も分かりやすく伝わってくる。

 奈良という土地の、湿りけのある空気まで匂ってくるような、落ち着いていて繊細な文体。現代社会における宗教と宗教者の役割。そして一組の男女の “ボーイ・ミーツ・ガール”の行方。

 いくつもの読みどころが重なりあい、掛けあわさって、読了後はじっくりとした余韻が心に残る。重厚でしっとりとした現代和風ファンタジーだ。

文=皆川ちか

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