母を憎み正反対の生き方を選んだ娘――謎の死を遂げた母の秘密を探るうち直面する、女性たちの「性」と「生」

文芸・カルチャー

公開日:2021/7/12

母親病
『母親病』(森美樹/新潮社)

 森美樹さんの小説は、ちょっとバランスを崩すと、日常から真っ逆さまに転げ落ちてしまいそうな危うい女性を救う強さと温かさに満ちている。『主婦病』、『私の裸』、そのどちらにも、嫉妬や本能や欲望に狂いながらも、飾ることなくむき出しの姿で、大切な人とぶつかり、幸せをつかもうともがく女性たちの生き様が描かれていた。官能的な筆致で、したたかに、時に大胆に、「性」と「生」にぶつかっていく女性たちの物語に、私はいつも、胸が熱くなり、心を奮い立たされる。

 そんな森美樹さんの新作『母親病』(新潮社)は、母が謎の死を遂げたあと、仲が良かったはずの両親の秘密を知る40歳の娘・珠美子の視点で始まる家族の物語だ。

 食品会社で優秀な社員として活躍する珠美子は、母に反発し、正反対の生き方をしてきた。「女は、旦那様に一生愛されるのがしあわせなのよ」と豪語し、ひたすら家族の衣食住と、自分自身を完璧に維持することに努める、儚げでたおやかな母。一方、多毛かつ剛毛で、美人でもなく、スタイルも悪い珠美子は、勉強に没頭し名だたる企業に入社。30歳の時にマーケティング部に異動した時に気遣ってくれた10歳年上の上司と、10年不倫を続けている。

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 そんなある日警察から、まだ66歳の母が死亡したと連絡が来る。母の胃には、日本三大有毒植物の一種・ドクウツギが残されており、自殺の線が濃厚だが、他殺の疑いも否定できないと告げられる。珠美子は、母が残した秘密の日記と、母の訃報に唯一涙した、突然現れた謎の男…人を寄せ付けない雰囲気の25歳の雪仁と対峙するうちに、良妻賢母ではない母の新たな一面を知ることになるのだが――!?

 本作は、4章に分かれており、章ごとに、娘の珠美子、ヘルパーの平沼、母の園枝、母の死を悼む謎の青年・雪仁と、主人公を変えて、彼らの物語が綴られ、徐々に全貌が見える構成となっている。それぞれまったく別の人生を歩んでいる4人だが、共通しているのは、皆、深い孤独を抱えていたこと。

 園枝の夫は、専業主婦の彼女を結婚後も変わらず最上級に愛してくれた。だが脳溢血の後遺症で半身不随になり、のちに認知症にもなり身体が弱っていく一方で、性欲だけはたくましく鬼畜のように変わり果てた夫が、再び園枝を優しく愛することなく亡くなった事実に、彼女は恐怖を覚えていた。ヘルパーの平沼は、DVを受けて離婚した元夫との思い出が記憶から消せず、娘からも軽蔑されていた。そして雪仁も、壮絶な生い立ちで、影を背負いながらギリギリの精神状態で生きている時に、同じ目的を持った園枝と偶然出会ったことが明かされる。

 誰も彼もが、一筋縄ではいかない人生に葛藤しながらも、誰かに愛されたいという思いは消すことができず、時にはしたたかに、虎視眈々と、自分の中に他者を取り入れようと大胆な行動に出る。そのむき出しの生々しい欲望に圧倒されながらも、愛し愛されることを決してあきらめず、人生を前向きに生きようとする登場人物の姿に、またしても力強く励まされた。

 家族といえども、心の内まで見透かすことは、恐らく不可能だろう。それでも孤独を分け合い、時間をかけて少しずつ繋がり合う…きっと世間から見ると「正しくない」選択も多い彼らの生き様は、刺激となり、勇気となって心に残った。

文=さゆ

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