ウェス・アンダーソン監督の人気作がなぜ酷評!? 英語圏で一番有名な映画レビューサイトが薦める、酷すぎて愛おしい“腐った映画”たち

文芸・カルチャー

公開日:2021/7/10

いとしの〈ロッテン(腐った)〉映画たち
『いとしの〈ロッテン(腐った)〉映画たち』(ロッテントマト編集部:編、ポール・フェイグ:著、有澤真庭:訳/竹書房)

 映画ファンなら誰しも自分だけの大好きな映画というものがある。ストーリー、キャスト、監督、すべてが完璧な、映画史に残るような作品を心の中で額縁に入れて飾りつつも、欠点だらけだからこそ愛おしい作品は大切にポケットに忍ばせている。一般的に評価が低ければ低いほど愛おしさが膨らんでいき、評論家から総スカンを食らえば食らうほど作品への愛は激しく燃え上がる。

 そんな評論家の大多数から「腐ってる」とレッテルを貼られた映画を集めた本が『いとしの〈ロッテン(腐った)〉映画たち』(ロッテントマト編集部:編、ポール・フェイグ:著、有澤真庭:訳/竹書房)だ。

「ロッテントマトで90%!」と映画の宣伝文句でも見ることもある「ロッテントマト」とは、英語圏でもっとも有名な映画批評サイトである。そこでは公開された映画の総レビューのうち、肯定的なレビューの割合を「トマトメーター」として表現している。60%以上の肯定的なレビューが作品につくと赤いトマトマークがつけられ、75%以上だとフレッシュ認定マークがつく。しかし肯定的なレビューが59%以下の作品には緑色の「腐った(ロッテン)トマト」マークがつくことになる。

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 本書はそんな「ロッテントマト」のサイトの中で、批評家の否定的なレビューが多かった「腐った(ロッテン)」映画をかき集め、「それでもここが愛おしい!」とそれぞれの作品の愛でるポイントを必死に、真面目に、たまに投げやりに紹介している本なのだ。

 例えば、独特の世界観にファンも多いウェス・アンダーソン監督。彼の監督4作目となる『ライフ・アクアティック』(日本公開2005年)は、56%で堂々の腐ったトマトに認定されている。しかしちょっと待って。今これを読んでいる人は『ライフ・アクアティック』の文字をコピペしてツイッターの検索に貼り付けてみてほしい。どうだろう、ほとんどの人がこの作品について肯定的な意見ばかりではないだろうか。

 実は本作以前の監督作『天才マックスの世界』や『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(アカデミー賞脚本賞ノミネート)は批評家からの評価も高かったために、それらと比べると本作は斬新すぎて彼の過去の作品文脈との整合性を見いだせない批評家が頭を悩ませただけなのだ。しかし本作単体でみれば、そこかしこに愛おしいシーンが目白押しなだけに、本作をウェス・アンダーソン映画のベスト挙げるファンもいるほどだ。つまり「私だけは愛してる」作品なのだ。

 このように、批評家とは監督や作品を、前後の関連した作品の文脈から評価を下すことが多々ある。

 ティム・バートン監督の『マーズ・アタック!』(日本公開1997年)は53%で“腐ったトマト映画”になっているが、やはり同時期に公開された同じく宇宙人侵略ものである『インデペンデンス・デイ』(1996年日米公開)との比較のなかで「シニカルな作品」よりも「胸を熱くする作品」が評価されることで、興行的にも評価の面でも『マーズ・アタック!』は期待外れに終わっている。

 当時のロッテントマトでは、

ティム・バートン監督によるエイリアン襲来もののパロディは、低俗な50年代SFやエド・ウッド映画のうすっぺらな登場人物とずさんなストーリーを、忠実に再現している––――たぶん観客にとっていささか忠実すぎた

 と、否定的な評価が掲載されている。

 わざわざツイッターで検索するまでもなく、『マーズ・アタック!』はその過去のB級映画へのオマージュや、キャラクター造形、社会のはみ出し者が世界を救っていくというシニカルな視点などによって、現在では映画ファンの間では“メジャーなカルト映画”と言っていい作品となっている。

 とはいえ、本書には救いようのない作品もあり、プロレスラーのハルク・ホーガンが出演した『クロオビ・キッズ メガ・マウンテン奪回作戦』(もちろん日本未公開)は0%と圧倒的に腐ったトマトの殿堂入りだ。また、映画史に燦然と輝くポール・ニューマンとロバート・レッドフォード主演の名作『スティング』(日本公開1974年)は93%という納得の評価だが、『スティング2』は0%で、その差はトマトメーター史上最大の落差として別の意味で輝いている。

 公開作品において批評家は過去の作品の文脈では語れるが、未来の作品を文脈に組み入れることは不可能だ。本書のなかでも〈時代の先を行く〉と題した章は、公開当時には評価されなかったが、現在の映画たちに広く影響を及ぼした作品を取り上げていることで興味深い。

 1999年に公開されたアメコミが原作の映画『ブレイド』は54%の評価であったものの、後のマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)作品や『マン・オブ・スティール』などのDCコミック作品にスタイルやストーリー作りが模倣されたために、今では本作を見直すとヒーロー映画的なマンネリを感じるほどに、“自身の影響力の犠牲になった”作品として挙げられてる。

 また、2009年に公開されたホラー映画『ストレンジャーズ戦慄の訪問者』は公開当時こそ48%の腐ったトマトに認定されているが、その圧倒的な怖さによって再評価された。同じくSFホラー映画の『イベント・ホライゾン』(日本公開1997年)は27%と、公開当時はただの驚かし映画としてかなりの低評価だった。しかし現在ではジャンル映画の枠を越えた世界観、独特のビジュアルなどユニークな作品として評価されている。

 貶されれば貶されるほど、さらに愛おしくなるのが映画ファンであるがゆえに、本書で好きな映画が褒められると、嬉しい反面、少し寂しくなってしまうのもファンの困ったところなのだが、自分だけの愛しの腐った映画を見つけてはポケットが愛で膨らんでいくのがなんとも心地いいのだ。

文=すずきたけし

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